コロナ渦中のコンサートはどれも思い出深いが、今月登場する3人の指揮者との共演も、皆それぞれに忘れられないものだった。悠然と流れる大植英次のシベリウス《第2番》。同じシベリウスでも、井上道義の《第7番》は冷厳たるモノトーンの世界で、ベートーヴェン《英雄》とのコントラストが鮮やかだった。ベートーヴェンと言えば、公演中止が相次ぐ中、紙一重で実現に漕ぎつけたパブロ・エラス・カサドの力強い《第九》は、2020年のハイライトだったと言ってよい。3人が思う存分、得意なプログラムを指揮できる日が来たことを喜びたい。
信じる道を命がけで突き進む井上の“最後のN響定期”
[Aプログラム]は井上道義のライフワークであるショスタコーヴィチ。《交響曲第13番「バビ・ヤール」》は、第2次世界大戦中のウクライナで起きた、ナチス・ドイツによるユダヤ人の大量虐殺がテーマである。生存者によるドキュメンタリー小説が出版されているが、銃殺される直前、死体が折り重なる谷底に自ら飛び込んで難を逃れたという、生々しい体験談が記されている。今日の世界を見れば、残念なことに、これを歴史の1ページとして片づけることはできそうにない。「想像を絶する現実を前にすると、ショスタコーヴィチの音楽すら空しく感じる。これを演奏する意味があるのか」と、井上は自問自答を繰り返してきた。だが、常に音楽する意味を問い続ける姿勢こそが、指揮者・井上の本質なのだと思う。
前半には、短い舞曲を演奏する。ヨハン・シュトラウス2世の《ポルカ「クラップフェンの森で」》の原題は、「ハバロフスクの森で」。ウィーン音楽のイメージがあるが、もともとはロシア皇帝の離宮を囲む、貴族の別荘地を描いている。鳥のさえずる平和な光景は、革命により一変した。
続くショスタコーヴィチ《舞台管弦楽のための組曲》は、同じ舞曲と言っても、まるで異なる様相を呈する。最も有名な「第2ワルツ」は当初、ソ連のプロパガンダ映画『第一軍用列車』で使われた。音楽はここで、革命をたたえるアイテムの一つに変貌している。
2024年限りでの引退を表明した井上道義。これは彼が指揮する最後のN響定期である。初共演から46年。途中に長いブランクはあったが、2008年からは毎年のように共演を重ねている。マエストロの破天荒な言動が、周囲との軋轢を生むことも少なくなかったはずだが、信じる道を命がけで突き進む彼の音楽が、時としてどれほど魅力的に響いたか。唯一無二の機会を逃してはなるまい。
2024年2月3日(土)6:00pm
2024年2月4日(日)2:00pm
指揮 : 井上道義
バス : アレクセイ・ティホミーロフ*※
男声合唱 : オルフェイ・ドレンガル男声合唱団*
ヨハン・シュトラウスII世/ポルカ「クラップフェンの森で」作品336
ショスタコーヴィチ/舞台管弦楽のための組曲 第1番 -「行進曲」「リリック・ワルツ」「小さなポルカ」「ワルツ第2番」
ショスタコーヴィチ/交響曲 第13番 変ロ短調 作品113 「バビ・ヤール」*
※当初出演予定のエフゲーニ・スタヴィンスキー(バス)から変更いたします。
得意の後期ロマン派で大植が生み出すスケールの大きな音楽
[Cプログラム]の指揮は大植英次。首席指揮者・井上道義の前任として、大阪フィルの音楽監督を9年間務めた。N響とは1999年に初共演、その後2021年4月に、前述の通りシベリウスの交響曲などを指揮した。四半世紀ぶりの定期招聘は、前回の共演を受けてのことである。ステージ上の人数やリハーサル時間など、様々な制約がある中、最小限の指示でオーケストラをまとめ、スケールの大きな音楽を生み出す手腕は、内外から高く評価された。
今回初めて、最も得意とするドイツ後期ロマン派で、N響と四つに組む。桂冠名誉指揮者サヴァリッシュの十八番だったR.シュトラウス《英雄の生涯》は、その後も尾高忠明やパーヴォ・ヤルヴィ、ルイージが好んで取り上げてきた。
いかにもシュトラウスらしい華麗なオーケストレーションで、指揮者にとっては“鳴らし甲斐”のある曲。半面、楽器間のバランスを崩すリスクとも隣り合わせだ。経験を重ねた指揮者にしか出せない、絶妙な響きのブレンド感が生まれることを期待したい。
バーンスタインの薫陶を受け、今もアメリカを拠点に活動する大植英次。一部の街では、地元オーケストラの顔として、“英雄”的な扱いを受けてきたという。ドラマティックな音楽作りも含め、彼の存在そのものが、この曲のストーリーとリンクするように思われてならない。
前半はワーグナーの《ジークフリート牧歌》。誕生日のサプライズとして、愛妻コジマに捧げられたのは有名な話だ。「ジークフリート」は二人の間に生まれた息子の名前であり、言うまでもなく《ニーベルングの指環》で活躍する“英雄”の名前でもある。2つの作品には同じ主題が用いられている。後半のシュトラウスとは、“英雄”で繋がるが、こちらは終始穏やかな、心安らぐ音楽である。
Cプログラム(NHKホール)
2024年2月9日(金)7:30pm
2024年2月10日(土)2:00pm
指揮 : 大植英次
ワーグナー/ジークフリートの牧歌
R. シュトラウス/交響詩「英雄の生涯」 作品40
エラス・カサドが贈る祖国スペインにちなんだプログラム
「Bプログラム」では、パブロ・エラス・カサドが、祖国スペインにちなんだ音楽を取り上げる。ラヴェル《スペイン狂詩曲》は、20世紀初頭のフランスで花開いた異国趣味の産物。「ファ・ミ・レ・ド#」と下降する、熱帯夜のようにけだるい音階に導かれて、マラゲーニャやハバネラといった舞曲がスペイン風の情緒を醸し出す。とはいえ、これは緻密に計算された人工美、まぎれもなくラヴェル固有の世界でもある。この曲を絶賛したというファリャ。その代表作《三角帽子》では、より開放的にフラメンコのリズムが躍動する。《スペイン狂詩曲》の〈祭り〉同様、《三角帽子》の終曲は、“ホタ”と呼ばれる民族舞踊で盛り上がるが、それまで温存されていたトロンボーンとテューバがここで初めて演奏に加わり、爆発的なクライマックスを築く手法は、ラヴェルの書き方にも似て極めて効果的だ。
エラス・カサドは2019年に《三角帽子》を録音したが、一時入手が困難になるくらい、このCDは評判を呼んだ。彼の持ち味である歯切れのよさと色彩感に、パワフルなN響の音圧が加われば、“鬼に金棒”の名演が生まれるかもしれない。
《ヴァイオリン協奏曲第2番》は、ツアーの道中にあったプロコフィエフが、スペインを含むヨーロッパ各地で書き継いで完成させ、初演はマドリードで行われた。
瞑想的な第1楽章に続くのは、ソリストのアウグスティン・ハーデリヒが「ヴァイオリン音楽史上、最も偉大なメロディ」で、「いつまでも終わってほしくない」と、惜しみない愛を注ぐ第2楽章。さらにはハバネラ風のリズムにカスタネットも加わり、目くるめく熱狂で終わる第3楽章。スペインのエッセンスに染まる一夜が満喫できるだろう。
2024年2月14日(水)7:00pm
2024年2月15日(木)7:00pm
指揮 : パブロ・エラス・カサド
ヴァイオリン : アウグスティン・ハーデリヒ
ソプラノ : 吉田珠代*
ラヴェル/スペイン狂詩曲
プロコフィエフ/ヴァイオリン協奏曲 第2番 ト短調 作品63
ファリャ/バレエ音楽「三角帽子」(全曲)*
[西川彰一/NHK交響楽団 芸術主幹]
からの記事と詳細 ( 2024年2月定期公演プログラムについて - コンサート詳細|NHK交響楽団 )
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