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Tuesday, September 20, 2022

江戸の技巧とヨーロッパの技法、「新版画」の魅力を満喫――千葉市美術館で「新版画 進化系UKIYO-Eの美」展 - 読売新聞社

江戸時代から明治時代にかけて我が国を代表するポップカルチャーだったのが、「浮世絵」である。美人画、風景画、武者絵、役者絵・・・・・・、幅広いジャンルで数多くの絵師たちが数多くの名品を残した。だが、明治も30年代を過ぎると、写真や絵はがきなどの「新興メディア」に押され、古き時代の「浮世絵」は衰退していったのだという。その状況を憂い、「新たな時代の浮世絵」の製作を目指したのが、渡邊庄三郎という版元(浮世絵などを出版する業者)だった。この展覧会は、その渡邊が始め、大正から昭和期にかけて国内外で人気を集めた「新版画」の特集。千葉市美術館のコレクションから、約190点の作品を展示している。

山本昇雲の作品の展示風景

東京・大阪・山口を巡回してきた展覧会はプロローグ「新版画誕生の背景」を手始めに、第1章「新版画、始まる」、第2章「渡邊版の精華」、第3章「渡邊庄三郎以外の版元の仕事」、第4章「私家版の世界」で構成されている。さらに今回の千葉市美術館バージョンでは、「ヘレン・ハイドとバーサ・ラム」の特集展示も追加されている。プロローグで紹介されているのは、明治末期、「新版画」の誕生前夜に発行されていた木版画の数々。山本昇雲らの作品を見ていると、肉筆画のような緻密なタッチが印象的だ。「新版画」を世に出す前に、渡邊は高橋松亭らの木版画をこの時期出版しており、こちらの作品も展示してある。いずれにしてもこの時期、「浮世絵」は衰退しかけていたかもしれないが、その彫りや刷りの技術は継承され、さらに磨きがかかっていたようだ。展示されている作品を見ていると、その質の高さがよく分かる。

川瀬巴水 《東京十二ヶ月 谷中の夕映》 大正10年(1921) 千葉市美術館所蔵
吉田博 《大原海岸》 昭和3年(1928) 千葉市美術館所蔵

この展覧会では、「新版画」のスタートを大正4年、渡邊がフリッツ・カペラリの木版画を出版したところに置いている。以来、「新版画」は、伊東深水、橋口五葉らの「美人画」、名取春仙、山村耕花らの「役者絵」など、多彩な作品を世に出した。「美人画」とともに有名なのが、川瀬巴水、吉田博らの「風景画」で、何十回も刷りを重ねて生み出された微妙かつ繊細な色彩は、今でも十分魅力的だ。数々の「風景画」でもうひとつ印象的なのが光と影のコントラストで、特に高橋の作品からは1870年代から80年代にかけて小林清親が手がけていた「光線画」の影響を強く感じる。展覧会の図録でも、「新版画」における清親の影響は、強く指摘されている。では、その「光線画」とはどんなものなのか。この展覧会とは関係ないが、一例を下に挙げてみた。上に挙げた川瀬巴水や吉田博の作品と並べて見ていただければ幸いだ。

小林清親 《九段坂五月夜》 19世紀、明治時代 東京国立博物館所蔵 出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-8808?locale=ja)※この作品は、この展覧会では展示されていません

「美人画」では、伊東、橋口のほか、小早川清、鳥居言人らの作品展示が目立つ。いずれも鏑木清方の門人である。清方といえば、師匠の水野年方が「無惨絵」などで有名な月岡芳年の門下なのであって、よく考えてみれば、浮世絵の伝統がしっかりとつながっているのである。もっと言えば、鳥居は江戸初期から続く芝居絵で有名な鳥居家の出身であり、後に鳥居派宗家の8代目を継いだのだった。橋本雅邦のもとで学んだ橋口は、浮世絵を深く研究したことで有名だが、あのスティーブ・ジョブスがその作品を愛好したことでも知られている。

橋口五葉 《化粧の女》 大正7年(1918) 千葉市美術館所蔵
鳥居言人の作品の展示風景

こんなふうに作品を見て、その背景に想いを巡らすと、江戸と現代、西洋と東洋が至るところで交わり、それが融合して「新版画」の世界を作り上げていることが分かってくる。木版画を制作する彫りや刷りなどの技術は「浮世絵」由来のものだが、絵師たちが描いている絵には、西洋絵画の技法がふんだんに使われている。まあ、「新版画」に影響を与えた清親自体、そういう技法を浮世絵に持ち込んだ人なのだから、当然と言えば当然なのかもしれないが。美しい藍の色が江戸の風味を感じさせる《藍と白》を描いたのは、スコットランドで生まれたエリザベス・キース。よく見ると、女性の前にあるショウケースには、葛飾北斎の《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》が飾ってある。小早川清が描くのは、まさに大正から昭和にかけて銀座の街を闊歩していたであろうモダンガールの姿だ。なるほど。「新版画」は「浮世絵」という「古い器」を大事にしながら、「新しい酒」をそこに注いだものなのだ。吉田拓郎の『イメージの詩』にこんな歌詞があるのを思い出した。

〽古い船には新しい水夫が 乗り込んで行くだろう

古い船をいま 動かせるのは

古い水夫じゃないだろう

エリザベス・キース 《藍と白》 大正14年(1925) 千葉市美術館所蔵
小早川清 《近代時世粧ノ内 一 ほろ酔ひ》 昭和5年(1930) 千葉市美術館所蔵

特集展示のヘレン・ハイドとバーサ・ラムは、明治末期に来日して日本の職人とともに木版画を作成した「新版画」の先駆けとも言える存在だという。バーサ・ラムの《川面にて》を見ると、これもまた上記、小林清親的な感覚が見て取れるのが面白い。

伝統を新しい感覚に融合し、新しい時代の作品を作り上げる。それは、どの時代でも日本の文化にとって、ひとつのテーマであるように思う。だからだろうか、それを端的に示している「新版画」には、今また注目が集まりつつあるという。「進化系UKIYO-Eの美」というサブタイトルが、ぴったりの展覧会なのである。

(事業局専門委員 田中聡)

バーサ・ラム 《川面にて》 明治45年(1912) 千葉市美術館所蔵

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