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Monday, April 25, 2022

吉野家「生娘シャブ漬け戦略」で露呈した“マーケティング業界”のお寒い事情:時事ドットコム - 時事通信ニュース

「田舎から出てきた右も左も分からない若い女の子を無垢、生娘のうちに牛丼中毒にする。男に高い飯を奢ってもらえるようになれば、絶対に(牛丼を)食べない」

 筆者も長年マーケターとして働いてきたが、これが大学の講義中に講師から発せられた言葉であるとは、にわかに信じがたい。

 この発言は今月16日、早稲田大学の社会人向け講座である「デジタル時代のマーケティング総合講座」にて、講義担当をしていた牛丼チェーン「吉野家」の伊東正明常務取締役企画本部長(当時)が「若い女性をターゲットにしたマーケティング施策」について講義した際に発せられたものだ。

日本のマーケティング業界が抱える3つの問題とは? ©文春オンライン編集部

 同氏は他にも、「若い女性をターゲットにしたマーケティング戦略」を「生娘をシャブ漬け戦略」と表現したり、男性客についても「家に居場所の無い人が何度も来店する」といったような趣旨の発言をしたという。

 今回の騒動は、P&Gでマーケティングの実務家として名を馳せ、企業の役員としても、また個人としても有名なマーケターが起こした舌禍事件として、各メディアに報じられている。

 だが、誤解を恐れずに言ってしまうと、こういった「炎上事案」は、何も今に始まったことではない。特に近年、SNSが広く使われるようになり、ちょっとした発言や行為は、すぐに誰かに拾われ、拡散されるようになっている。そういう点では、この元常務取締役の「生娘シャブ漬け発言」も、ある意味典型的な「炎上事案」であり、特に珍しく語られるようなものでもない。

日本の残念なマーケターたち

 だが、ここには、日本のマーケターの残念な点がいくつも見え隠れしている。

 まず残念なのは、日本において「マーケティング」が、未だに「学問」ではなく「経験」で終わってしまっているということだ。「マーケティング」は実務で用いられるからなのか、教える側が実務家(あるいは元実務家)ばかりになってしまっているのが現状だ。

 もちろん、日本でも、海外のようにきちんと体系立った「学問」として「マーケティング」を教えている教育機関、ならびに教育者は存在するし、「学問」としてマーケティングに向き合っている研究者もいる。だが、その絶対数が非常に少ない。

 結果的に大学における「マーケティング」の授業は、実務家として、自らのキャリアで一山当てたマーケターが、その「成功事例」を話す場になってしまっているのが現状だ。

 

 もちろん、そういう先達が、自らの経験を伝えるような場も必要だろう。だが実務家は、あくまでも実務家であり、研究者でも教育者でもない。今回の「生娘シャブ漬け発言」も、実務家が「大学で学問を教える」ということを理解していないまま教壇に立った結果だともいえる。

 実務家として一山当てた一部のマーケターは、大学以外の場にも数多く出没する。それはセミナーやイベントだ。少し調べたら、すぐにわかると思うが、日本では、マーケティング、特にデジタルマーケティングに関するセミナーやイベントが、非常に多く開催されている。だが、数多く開催されてはいるものの、登壇者の顔ぶれは、いつも変わらない。これが次に残念な点である。実務家として一山当てた一部のマーケターたちが、ある種「タレント化」してしまっているのだ。

 有名マーケターを登壇させれば集客に困らない――セミナーやイベントを主催する企業は、彼らを囲い込むのに必死だ。たとえば自社イベントにいつでも登壇できるように「顧問」や「フェロー」といったポジションを与えている企業も少なくない。

有名マーケターによる「私塾」や「サロン」も

 近年では、そういったマーケターたちだけでなく、彼らを取り巻くファンごと抱え込んでしまうビジネスも行われている。たとえば「私塾」という形で、マーケター個人のプライベートな「サロン」を用意し、マーケターを抱え込むだけではなく、彼らを取り巻くファンたちから「参加費」を取るなど。こういった取り巻きたちが数多くいれば「集客を期待できるマーケター」として、あちこちのイベントや講演に派遣することもできる。こうして有名マーケターたちは、日本各地で開催されるセミナーやイベントに、メインスピーカーとして招かれ、登壇する。

 今回「生娘シャブ漬け発言」が飛び出したのは早稲田大学が主催する社会人向け講座だが、おそらく、今回の講師陣の人選にも、こういった実務家として一山当てたマーケターたちを抱え込んでいる企業が絡んでいると思われる。早稲田大学は、講師陣の実務上の実績は把握していても、実際にどういう人物なのかを知らないまま教壇に立たせてしまったのかもしれない。

 

マーケターが出世ではなく「タレント」を目指す理由

 一部の、実務家として一山当てたマーケターたちが「タレント化」していくのには理由がある。それは、日本のマーケターは、ある程度出世すると、そのキャリアが完全に頭打ちになってしまうことが多いからだ。これが三つ目の残念な点である。

 日系企業の多くは、マーケターのキャリアに対する「あがり」ポジションを用意していない。何年マーケターとしてキャリアを積もうと頑張っても、せいぜい部長職レベルで止まることが多く、そこから上、例えば役員などへの道が、ほとんど見えない状態に陥ってしまう。

 近年、日本企業でもマーケティングを重視するという意味合いで「CMO(最高マーケティング責任者)」や、さらにデジタルマーケティングに特化した「CDO(最高デジタル責任者」といった役職を用意するケースが出てきたが、その多くは名ばかりのものであり、待遇も名前の割には大したことがない。

 そこで実務家として一山当てたマーケターたちは、自らの実績を外にアピールし「タレント」になることを目指す。前述のように、日本では「マーケティング」は「学問」ではなく「経験」として考えられていることが多いため、実務家としての実績をアピールすることで、注目はしてもらえる。

 そのためマーケターは、自らの実績を「盛る」のだ。セミナーやイベントで語られる話も、大抵は「成功事例」という名の過去の実績を、少し尾ひれをつけて話している。

 ちなみに彼らの「成功事例」は「前職」、もしくはそれよりも前に所属していた企業での体験であることが多い。その理由は大きく二つある。ひとつは「様々な事情があって現職における話はできない」から。そしてもうひとつは「これまで在籍していた企業の中で、最も知名度の高い企業名を出す方がセミナーの集客につながるから」である。

 実際、日本のマーケティング関連のセミナーやイベントの登壇者は「元✕✕・◯◯氏」のように、過去所属していた企業名を前面に出していることが多い。だが「元」はあくまでも「元」でしかない。そもそも事例として古いものになっていることが多いし、名前を勝手に使われている企業にとってもいい迷惑でしかない。これもある意味日本のマーケターの残念な点のひとつだろう。

 そういえば、いつもなら、この手のマーケティングに関する炎上事案が発生すると、有名マーケターがこぞって「何が炎上事案を引き起こしたのか」「この炎上事案が、企業に対してどれほどのインパクトをもたらしたのか」「企業として、どのように対応すべきだったのか」といったコメントや意見を、SNSなどで大いに語るのだが、今回の件について、マーケターたちは、まるで示し合わせたかのように沈黙を守っている。「デジタル時代のマーケティング総合講座」で起こったことであるにもかかわらずだ。

 日本のマーケティング業界の闇は深い。

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