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Wednesday, March 2, 2022

戦争と医療は密接に関係している 背後にある文脈を読み取ろう - 朝日新聞デジタル

 戦争が始まってしまいました。筆者は健康とか医療について文章を書く仕事をしていますが、殺し合いをよそに健康について書くのは、なんとものんきで世間知らずに思えてしまいます。

 戦争は例外であり、平和な場所では戦争と関係なく健康を考えることができると思いますか? しかし、現代の戦争と医療は密接に関係しています。

 この記事は医療が戦争に利用されていること、また現代医学の重要な部分が戦争に由来すること、そしてそのことが現代医学にどう影響しているかをかいつまんで紹介します。

 19世紀ごろまでの戦争では、戦闘による死者よりも、戦地の不衛生で過密な生活環境により感染症で死亡する兵士が多いということがよくありました。

 その点で、抗菌薬ペニシリンの発見は重要でした。第2次世界大戦ではイギリス・アメリカがペニシリンを安価に大量に製造できたことが有利な要素のひとつになり、敗戦国でもペニシリンが簡単に手に入るようになったのは終戦後でした。

 現代医学の大きな成果であるワクチンも戦争に利用されたことがあります。

 いまもポリオが残るパキスタンで、2010年代にアメリカの機関がテロ組織指導者のオサマ・ビンラディンの捜索を目的に、ワクチン接種と偽って子供の血液を採集しました。そのことがワクチン不信にもつながっています(*1)。

 さらに、環境を改善することで病気を防ごうとすること、つまり現代で言う公衆衛生の手法が発達したことも戦争と関係があります。

 有名な例が1853年から56年にロシアとフランス・イギリスなどの間で争われたクリミア戦争です。このとき従軍したフローレンス・ナイチンゲールが、傷ついた兵士たちの置かれたひどい環境を見て、当時広まりつつあった統計学を駆使して衛生状態の改善を訴えました。

 同じころのアメリカは南北戦争の前後にあたります。このとき軍隊や解放奴隷となった黒人、移住させられた先住民の大規模な移動によりコレラが広まっていく様子が研究されました。クリミア戦争と同じように、戦争によって公衆衛生の発達が促されたのです(*2)。

 注意するべき点として、公衆衛生は兵士の病気を減らそうとするものでしたが、「そもそも戦争をなくせば兵士が死ぬこともない」といった前提には立ち入りませんでした。

 戦争のほかにも公衆衛生の確立には奴隷貿易や植民地支配が深く関わっているのですが、公衆衛生の役割は「こうすれば奴隷を死なせずに輸送できる」と考えることであり、「奴隷制はよくない」と考えることではありませんでした。

 抗菌薬もワクチンも公衆衛生も、ただ人の命を救って完結するのではなく、より大きな社会的文脈の中で利用されました。それはときには自軍を助けてもっと敵を殺すためだったかもしれないのです。

 1978年にソ連のアルマ・アタで開催された国際会議により、「2000年までにすべての人に健康を」という有名なスローガンを盛り込んだアルマ・アタ宣言が採択されました。開催国のソ連は77年から88年のオガデン戦争に参戦し、79年にはアフガニスタンに侵攻したのですが、本当に「すべての人に健康を」という高い理想を実現しようと思っていたのでしょうか? 健康という言葉が政治的に利用されているようにも見えます。

 医療とか健康は、「いいものに決まっている」と思われがちです。その先入観にとらわれていると、医療が期待ほど機能しなかったときに、やりかたを変えることができません。さらには医療の背景にある大きな文脈を見逃すかもしれません。

 想像してみてください。ウクライナで奮闘する医療従事者の物語がネットで流れてきたら、あなたはどう感じますか? その物語が事実なのか、それを語っている人にどんな意図があったのかを考え、事実かどうか確信が持てないと思ったらシェアしないでおく冷静さを保っていられますか?

*1 Lancet. 2014 May 31;383(9932):1862. 

*2 Jim Downs, Maladies of Empire: How Colonialism, Slavery, and War Transformed Medicine (2021).(大脇幸志郎)

 「ちょっと不健康でいこう」は今月で終わります。来月からは、肩の力を抜いた子育てを応援するコラム「ちょっとダメ親でいこう」が始まります。

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