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Sunday, December 27, 2020

西海岸の気候と歴史が育んだ建築の独自性〜建築史家・倉方俊輔さんが語るロサンゼルス - LIFULL HOME'S(ライフルホームズ)

アメリカ建築史に残るアトリウム。19世紀末のブラッドベリー・ビルディング

建築史家・倉方俊輔さん(大阪市立大学准教授)が建築を通して世界の都市を語る、全15回のロングランセミナー(Club Tap主催)。第12回はアメリカ西海岸最大の都市、ロサンゼルスを取り上げる。

ハリウッド、ビバリーヒルズ、サンタモニカなどを擁する広大なロサンゼルスは、モータリゼーションと共に発達した都市だ。分散した街の核が互いにフリーウェイで繋がって成立している。その中にあって近年、改めて注目を集めているのが、かつての中心地ダウンタウンだ。一時は荒廃し治安が悪化したエリアだが、経済成長から取り残されたぶん、古き良き時代の建物が数多く残り、そこに現代的なリノベーションが施されて、新たな魅力を発揮している。

「ロサンゼルスのダウンタウンに残る建築群のなかでも建築史上、特に有名なものがブラッドベリー・ビルディング(1893年)です」と倉方さん。「外観はさほど目立ちませんが、中に入ると圧巻のアトリウムが現れる。日本でいえば明治時代の建物とは思えません」

煉瓦の壁に囲まれた5層分の吹き抜けを、鋳鉄の階段が巡り、エレベーターが昇降する。頭上はガラスの屋根で覆われ、自然光が降り注ぐ。レトロと未来が交錯するようなイメージで、映画『ブレードランナー』の舞台に使われたことでも有名になった。

「ブラッドベリー・ビルディングに見られる“アトリウム”はアメリカ発祥の建築空間です。本来、アトリウムとは古代ローマの住宅の中庭を指す言葉でした。それが、19世紀末になって、ビル内部のガラスに覆われた吹き抜けに転用された。ヨーロッパの建築はエクステリアとインテリアを厳然と区別しますが、ブラッドベリー・ビルディングのアトリウムは外壁と同じ素材を用い、そこに鉄とガラスによって陽の光をとり込んでいます。様式こそイギリスのヴィクトリア朝風ですが、内部にいながら外部のような開放感が味わえる建築の大空間は、それまでのヨーロッパにはなかったもの。アメリカ人が自国の建築史を語る際に欠かせない建物なのです」

左がブラッドベリー・ビルディング(1893年)のアトリウム、右上が外観。右下2点はブラッドベリー・ビルディングのはす向かいにあるグランド・セントラル・マーケット。1897年建設、1905年増築の建物で、1917年にマーケットが開業した </br>写真は以下すべて撮影/倉方俊輔左がブラッドベリー・ビルディング(1893年)のアトリウム、右上が外観。右下2点はブラッドベリー・ビルディングのはす向かいにあるグランド・セントラル・マーケット。1897年建設、1905年増築の建物で、1917年にマーケットが開業した 写真は以下すべて撮影/倉方俊輔

ダウンタウンに残る映画会社の華麗な建築が現代的なホテルに

アメリカ西海岸は、はじめスペイン人が植民地化し、一時メキシコの支配下に置かれたこともある。こうした歴史は、ロサンゼルスの建築の個性にも反映されている。「ロサンゼルスの住人が自らのアイデンティティーを表現しようとするとき、東海岸とは異なる歴史性を参照することになります。スパニッシュ・コロニアルと古代的な中南米のデザインがそれに当たる。加えて、未来感覚のアールデコ。おおよそこの3種類のイメージを使い分けたり融合したりしています」

現在エースホテルとなっている「旧ユナイテッド・アーティスツ・シアター」は1927年に建てられた映画会社の本社ビルだ。「基本はゴシックですがスパニッシュ風でもある。イスラムの影響を受けた中世スペインのイメージも感じられます。さまざまな様式が混じり合い、建物自体が映画のセットのようで、いかにもロサンゼルスらしい建築といえるでしょう」

シアトル発祥のエースホテルは、既存の高級ホテルの格式張ったイメージを打ち破り、地域コミュニティーを意識したホテルづくりを行う。「古い建物の濃厚な装飾を生かす一方で、客室は天井のコンクリートをむき出しにした即物的で現代的なインテリアに改修しています。フロントマンはカジュアルな服装で、フレンドリーなホテルです」

旧ユナイテッド・アーティスツ・シアター/エース・ホテル(1927年建設/2013年改修)。左上写真が全体外観、右上はエントランス付近。左手はかつて映画館だったシアターの入り口だ。左下はフロント、右下が客室旧ユナイテッド・アーティスツ・シアター/エース・ホテル(1927年建設/2013年改修)。左上写真が全体外観、右上はエントランス付近。左手はかつて映画館だったシアターの入り口だ。左下はフロント、右下が客室

近代LA建築ならではのスパニッシュやアールデコの融合

「イースタン・コロンビア・ビルディング」(1930年)も、「旧ユナイテッド・アーティスツ・シアター」と同時代に建てられた映画会社の社屋だ。こちらはアールデコを基調にしつつ、マヤ文明やインカ帝国を思わせる、中南米的なモチーフを採り入れている。ターコイズやブルー、グリーンのテラコッタと金色の装飾に覆われた、華やかな建物だ。

「建築の世界でいうテラコッタとは、建築の装飾に用いる大きめの焼きもののことです。本来は素焼きを指す言葉ですが、1920〜30年代のアメリカで、こうした主に外装材に使う焼きものをテラコッタと呼ぶようになりました。レリーフを型で抜いて釉薬で彩色すれば、さまざまな装飾を工業的に量産することができます。巨大な高層建築を装飾する方法として20世紀初めに流行しました。ロサンゼルスのダウンタウンには、こうした建物がそこかしこに残っています」

一方、まるで教会のような「ロサンゼルス・ユニオン駅」(1939年)は、スパニッシュ・コロニアルにアールデコをミックスしたスタイル。

「装飾を一部に集中させ、それ以外は平坦な壁でまとめるのがスパニッシュの手法です。白い外壁がカリフォルニアの乾いた日光を反射して、手前に並ぶヤシ木の緑によく似合う。カリフォルニア・スパニッシュとでも呼びたいような、気候に合ったオリジナルな表現に昇華しています」

上2点/イースタン・コロンビア・ビルディング(1930年) 下2点/ロサンゼルス・ユニオン駅(1939年)上2点/イースタン・コロンビア・ビルディング(1930年) 下2点/ロサンゼルス・ユニオン駅(1939年)

戦後アメリカの工業力が実現したモデル住宅、イームズ邸

第二次世界大戦後、ロサンゼルスを拠点とする雑誌『アーツ&アーキテクチャー』は、効率的で美しい、新時代の住宅モデルを提案する「ケース・スタディー・ハウス」の連載を始めた。その「No.8」として設計されたのが、ミッドセンチュリーを代表するデザイナーにして建築家のチャールズ&レイ・イームズ夫妻の自邸兼アトリエ(1949年)だ。夫妻は終生この家で暮らした。

「規格品のガラスとスチールを組み合わせてつくった実験的な住宅で、世界中に影響を与えました。大国アメリカの工業力を背景にした住宅です。イームズ夫妻は、市場に流通している既製品を巧みに使いこなして、オリジナリティ溢れる空間をつくってみせた。DIY的ともいえる発想が、いかにもアメリカらしいですね」

緑豊かな丘の中腹に立つ建物は、ガラス面が多く、周囲の自然に開かれている。「いわゆるモダニズム建築ですが、表面的ではなく、人間が主役になって暮らしを楽しむ住宅です。だからこそ、今も古びることがない。もっとも、降雨が少なく気温が安定したカリフォルニアだからこそ実現できた住宅ともいえます」

ダウンタウンにある「ロサンゼルス現代美術館」(1986年)は、磯崎新の海外における代表作の一つ。外壁の赤いインド砂岩は、初期作品である西日本シティ銀行本店(1971年竣工、2020年解体)でも使った素材だ。

「なぜロサンゼルスでインド砂岩なのか。理由は明らかにされていないのですが、結果的に乾いたカリフォルニアの風土に合っているように見えます。現代の輸送力をもってすれば、世界中どこの素材も、どこででも使えるわけですが、その反作用で、むしろ地元の素材を使おうという意思が働いたりもする。ロサンゼルスのインド砂岩は、そんなグローバルとローカルの対立をユーモラスに無効化しているようで、磯崎さんらしさを感じます」

上2点/イームズ邸(1949年) 下2点/ロサンゼルス現代美術館(1986年)上2点/イームズ邸(1949年) 下2点/ロサンゼルス現代美術館(1986年)

カリフォルニアの乾いた気候が育んだ、開放的な建築の系譜

「ロサンゼルス現代美術館」の近くに2003年に開業した「ウォルト・ディズニー・コンサートホール」は、世界的建築家、フランク・ゲーリーの作品だ。ウォルト・ディズニーの未亡人、リリアン・ディズニーの寄附によって建てられた。

「ゲーリーはカナダ生まれですが、ロサンゼルスに本拠を置き、西海岸を代表する建築家として知られます。ザハ・ハディドと並んで“脱構築主義”と呼ばれ、従来の水平垂直の建築形態を打ち破る、独特のフォルムが特徴です。本人はコンピューターを使わず、紙をセロハンテープで貼り付けるなどして形を決めているそうです」

ゲーリーの建築の特長は、そのユニークな外観にとどまらない。「真骨頂は内部にあります。内外が流れるようにつながって、光と風が抜けていく。コンサートホールというと閉じた空間を連想しますが、ここでは自然光が射し込んでくる。緩やかにうねるような階段、その途中にちょっとしたレクチャースペースがあったり、屋上に誰もが入れる庭園があったり。開放的でフレンドリーな建築がロサンゼルスらしく、ゲーリーらしいです」

ロサンゼルスはカルフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)や南カリフォルニア建築大学(SCI-arc)など、建築教育でも知られている。双方に深く関わった建築家、トム・メイン率いるモーフォシスの作品が、同じくダウンタウンにあるカリフォルニア州政府「カルトランス7地区本部」(2005年)だ。

「政府の合同庁舎という、お堅い用途の建物ですが、半透明の金属素材を使った透けるようなデザインです。周囲に市民広場のような、誰もが自由に行き来できる戸外空間を設けている。メカニックな見かけに反して素材の扱い方は繊細で、光が揺れ動くような感覚を受けます」

こうした開かれた建築のありようは、カリフォルニアの明るく乾いた気候と切り離しては考えられない。「アトリウムを発明した19世紀末のブラッドベリー・ビルディングから、21世紀のゲーリーやモーフォシスまで。挑戦的で、どこか楽観的な建築の気風がロサンゼルスに受け継がれているのを感じます」

取材協力:ClubTap
https://www.facebook.com/CLUB-TAP-896976620692306/

上2点/ウォルト・ディズニー・コンサートホール(2003年) 下2点/カルトランス7地区本部(2005年)上2点/ウォルト・ディズニー・コンサートホール(2003年) 下2点/カルトランス7地区本部(2005年)

2020年 12月28日 11時05分

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