インドネシアの首都・ジャカルタに赴任して1年。
ずいぶんなじんできたと感じていた頃、インドネシアの議会で首都を別の場所に移すことが決まりました。
その名は「ヌサンタラ」。
一体、どんなところ?そもそも、なぜ首都を移転するの?
「私たちの支局もヌサンタラに移転するんですか?」と少し不安そうに聞くインドネシア人スタッフたちと一緒に、現地で取材しました。
(ジャカルタ支局長・伊藤麗)
※この記事は2022年3月22日に公開したものです
世界有数の巨大都市・ジャカルタ
インドネシアといえば、リゾート地のバリ島の方が有名で、実は首都のジャカルタがどんなところか、イメージしにくいかもしれません。
人口が1000万人を超える「メガ・シティー」と呼ばれる巨大都市圏は、世界に33ありますが、そのうち1つがここ、ジャカルタです(2018年時点、人口1位は日本の首都圏)。
2030年には日本の首都圏の人口を超えるとの予測もあります。
NHKの支局があるのは、ジャカルタ中心部のビジネス街。
支局が入る高層ビルのすぐ隣には、昔ながらの食べ物の屋台やトタン屋根の簡素な家が密集し、まさにジャカルタが発展のはざまにあると感じさせられます。
首都移転が決定!その名も「ヌサンタラ」
そんなジャカルタから首都を移すという案は、2019年から持ち上がっていました。
当時、ジョコ大統領が方針を表明したあとも、多くの人は半信半疑でした。
実は、これまでも3人の歴代大統領が首都移転を提案してきましたが、計画は具体化しなかったからです。
しかし、ことし1月、議会で首都移転のための法案が可決。
そして3月10日には新首都の開発を進める政府機関が立ち上がり、これまでになく現実味を帯びてきたのです。
発表された新しい首都の名前は「ヌサンタラ」。
およそ1万7000もの島々で形成される世界最大の島しょ国・インドネシアを象徴する「群島」という意味です。
「ヌサンタラ」になるというのはジャカルタからおよそ2000キロ離れた、カリマンタン島の東部です。
インドネシアのほぼ中央に位置します。
「ボルネオ島」とも呼ばれるこの島の北西部は、マレーシアとブルネイの領土で、3か国が共存しています。
インドネシア政府はここで神奈川県の面積とほぼ同じ、およそ25万ヘクタールもの森林などの土地を切り開き、一から新しい首都を築こうというのです。
2024年から移転を始め、2045年には完了させる計画です。
そもそもなぜ首都を移転するの?
それは、いまジャカルタが抱えている問題を解決したいからです。
1 「ジャワ島一極集中」
日本は「東京一極集中」と言われますが、インドネシアの場合は、ジャカルタがあるジャワ島への一極集中が問題になっています。
ジャワ島は国土のおよそ6%に過ぎないのに、全人口の半数以上にあたる、およそ1億5000万人が集中しています。
特におよそ3000万人が暮らすジャカルタ首都圏では、交通渋滞や大気汚染が深刻な問題となっています。
交通渋滞は新型コロナウイルスの感染拡大前は「世界最悪レベル」といわれ、私が赴任してすぐ覚えたインドネシア語も「マチェット(渋滞)」です。
2019年になって初めて地下鉄が開業し交通手段が増えましたが、車で目的地に向かうときには、本来かかる時間の2倍の余裕を持って出発しています。
経済活動もジャワ島に集中していて、そのほかの地域との間では所得の格差が大きくなっています。
これまで以上に経済成長を遂げるためには、ジャワ島以外の開発が必要なのです。
2 沈むジャカルタ
ジャカルタでは災害のリスクも高まっています。
その1つが地盤沈下による洪水のリスクです。
ジャカルタの地盤沈下を20年以上研究している専門家に聞いてみると、もともと地盤が軟弱な地域がある上に、住民が地下水をくみ上げすぎたことで海抜0メートル以下の土地は、ジャカルタのおよそ20%にもなるといいます。
地盤沈下を研究する バンドン工科大学 ヘリ・アンドレアス氏
「このまま地盤沈下が進めば、2050年にはジャカルタの総面積のおよそ40%が海面下になると予測しています。堤防がなければ、その地域は水没するということです」
3 巨大地震のリスク
さらにジャカルタがあるジャワ島は、巨大地震を引き起こすといわれる大きな断層帯の近くにあります。
インドネシアの気象当局は首都移転の方針が決まったあとから、移転先の地震と津波のリスクを分析し、地震を検知する装置も増強。
関係する省庁と連携して防災対策の話し合いを進めています。
気象当局の専門家に移転先のリスクを聞くと「100%地震が起きないことはないが、大きな断層帯からは距離があり、地震と津波のリスクはジャカルタと比べると、比較的低いと考えている」ということです。
「ヌサンタラ」に行ってみた
議会で首都の移転が決まった1週間後、私たちは「ヌサンタラ」に向かいました。
まずジャカルタから飛行機でおよそ2時間、カリマンタン島のバリクパパンへ。
バリクパパンからは車に乗り込み、およそ3時間かけてヌサンタラを目指しました。
インドネシア政府が「ゼロ・ポイント」と呼ぶ、新しい首都の中心地になる予定の場所に到着すると、見渡すかぎりの森林と鳥のさえずり…。
事前にインドネシア人スタッフから聞いていたような「ジャングル」のイメージとは少し違いましたが、山奥の森です。
ジョコ大統領は2024年の独立記念日の式典を、新しい首都の大統領府で行いたいと宣言しています。
その大統領府の建設予定地ですら、まだ手つかずの森の中です。
しかし別の場所では木が伐採され、すでに道路やダムの建設が始まっていました。
周辺では、民間の人たちが投資や住宅地の開発目的で土地を買い求める動きが急増。
すでに土地の値段は以前と比べ10倍に高騰しているそうです。
地元の男性(29歳)
「新しい首都ができれば、ここの生活や教育、医療の水準が上がると思うので、歓迎します。これまでは弟や妹にいい教育を受けさせるため、島の外に送り出していましたから」
実現までのハードルは?
首都の移転は実現できるのか。
まずは移転にかかる巨額の費用をどう調達するのか。
去年11月、ジョコ大統領は日本円でおよそ4兆円が必要だと発言し、当初より膨らんでいます。
費用の80%は官民連携の事業としたり、民間企業や外国から投資を呼び込んだりして、まかないたいとしています。
実は、2020年にはジョコ大統領みずから、ソフトバンクグループの孫正義社長と会談し、協力を求めていました。
しかし今月、その後の進捗をソフトバンクグループに問い合わせてみると「本プロジェクトへの出資は見送りました」とのコメントが返ってきました。
新型コロナやウクライナ情勢で世界の経済が深刻な打撃を受けるなか、今後も投資が想定どおり集まるかどうかはわかりません。
民間の調査では「費用のむだづかい」などとして、およそ6割が首都の移転に反対し、反対の署名活動も起きています。
さらに森林の伐採は、希少なオランウータンなどの動物の生息地を脅かすのではないかという心配の声もあがっています。
政府はオランウータンやその生息地を保護するとしていますが、具体的な方法は示していません。
そして、ジョコ大統領の任期は2024年まで。
次に選ばれた大統領が、首都の移転計画を引き継ぐかどうかは保証されておらず、計画が根幹から揺らぐ可能性すらあります。
都市計画に詳しい トリサクティ大学 ニルウォノ・ジョガ氏
「ジョコ大統領は任期満了までコロナ対応に集中すべきだ。そして首都の建設を急ぐのではなく、綿密な計画や資金調達の方法などの準備を徹底して行うこと。そうすれば後継者に引き継ぐこともできるし、結果的に中止になるよりも安全だと言えます」
日本から「首都移転」をどうみる?
インドネシアは全面的な「首都の移転」ですが、かつて日本では、国会や中央省庁などの「首都機能」を移転させる議論が巻き起こりました。
東京では急速な経済発展の中で、1960年代から人口集中に伴う交通渋滞や住宅不足、公害などの問題が深刻化し、バブル期には地価が高騰。
1990年以降は政府の審議会で移転候補地の選定まで行われましたが、結局、結論には至らず、2000年代に入ると議論は低調になっていきました。
一方、世界の首都移転の問題に詳しい専門家はインドネシアが首都の移転を決めた理由の1つである「災害リスクの軽減」に注目しています。
日本でも首都機能の移転が議論された理由の1つが、東京で大規模災害が起きたときに政府が機能不全に陥るという懸念があったからです。
2011年の東日本大震災の直後にも、首都機能の分散が必要だという声が再び高まりました。
立正大学 山口広文 特任教授
「災害多発国の日本は首都直下地震のリスクを抱えている。インドネシア政府が今後、新しい首都やジャカルタでどのように防災対策を展開していくのかは注目だ。日本が協力するチャンスもあるかもしれない」
新首都と同時に先進国入り?
首都の移転完了を目指す2045年は、ちょうどインドネシアが先進国への仲間入りを目指す時期と重なります。
政府が描く新首都の青写真は、森に囲まれて100%再生可能エネルギーを利用するなど、環境に配慮して、ICT=情報通信技術を活用した、かっこいい都市。
一方、この夢の都市を実現するために向き合わなければならない現実は、インドネシアの先進国入りに向けた試練のようにも感じます。
将来、完成した「ヌサンタラ」を訪れて、手つかずの森を取材したことを懐かしむ日は果たして来るのか。
これからもこの巨大プロジェクトの行方を取材していきたいと思います。
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