日本の産業力強化の要の1つとして期待されるイノベーション分野。米国のシリコンバレーは最も有名なイノベーション・エコシステムであるが、現在では世界各国の企業が進出を目指すレッドオーシャンと化している。他方で、注目が高まっているのがインドやイスラエルだ。日本がこれら成長市場を取り込むためには、現地エコシステムの理解が不可欠である。
本連載(全2回)では、インドとイスラエルのイノベーション・エコシステムについて、各地域の特色や現地スタートアップ(SU)の戦略のほか、日系企業との関わりについて考察する。第1回となる本稿では、それぞれのエコシステム環境の概要を紹介する。
ユニコーン数の多いインド、VC投資額の大きいイスラエル
米中に次ぎ世界3位となる105社(2022年度時点)のユニコーンを輩出するのがインドだ(図参照)。インドの大手テックメディアプラットフォームであるInc42によれば、インドのテック系SU数は現在5万7,000社にのぼる。その背景の1つが約14億2,000万人(国連推計)という世界最多の人口規模だ。インドが有する「人口の多さ」「市場の大きさ」「多様性」という特徴は、イノベーション・エコシステムを理解する上でキーワードとなる。
他方、世界4位のユニコーン企業の輩出国でもあり、イスラエル・ベンチャー・キャピタル(IVC)リサーチ・センターのレポートによれば、人口1人当たりのスタートアップ企業数は世界各国の中でも最多だ。
項目 | ベンガルール | テルアビブ | 世界平均 |
---|---|---|---|
VC投資額 | 35 | 45 | 6.6 |
EXIT金額 (2018-2022) |
27 | 47 | 11.3 |
EXIT数 (2018-2022) |
242 | 439 | 91 |
出所:Startup Genome
エコシステムの成り立ち:欧米大企業に育てられたインド、政府主導のイスラエル
インドとイスラエル両国のエコシステムは、それぞれどのように成立したのだろうか。インドについては、IT産業が集積する南部の都市ベンガルールが代表的なエコシステムだ。ベンガルールには昔から航空機械や軍需系産業が集積したことから、付加価値の高い産業が成長した。加えて、英語話者が多いことや時差の関係から欧米グローバル企業のオフショア拠点が多数置かれたことで、次第に上流工程の知識が蓄積され、インフォシス(Infosys)やウィプロ(Wipro)のような地場大企業が生まれるようになった。IT人材の育成にも国全体で力を入れており、欧米企業を中心に全世界向けの研究開発拠点が設置されている。さらに近年は、有望なSUの早期発掘を目指し、インキュベーションプログラムが多数運営されていることも特徴的だ。
他方、イスラエルは国土が小さく、市場としての成長性が見込めない、土地や資源が限られているといった制約から製造業での立国が難しく、イノベーション産業を国策として進めてきた。1993年に始まった政府主導のVC産業育成施策であるヨズマ(Yozma)プログラムや、スタートアップの初期段階サポートを行うインキュベータープログラムなど、資金供与を中心とする支援が主流だ。今後の取り組みとしては、先進的なテクノロジー普及のため、規制のサンドボックス制度(注)や新技術の実証実験支援などが取り組み事項として挙げられている。
BtoCでスモールスタートのインド、BtoBで先行投資型のイスラエル
ここで、両国SUの業種や投資の特徴について比較したい。国内市場が大きく、生活圏が広大な面積にわたるほか、経済が発展途上にあるインドでは、既存ビジネスをデジタル化し、生活に必要なサービスを届けるビジネス、Eコマースやフィンテック、SaaS(Software as a Service)分野などがユニコーン企業の約6割を占める。投資家から集める金額を抑えることが、自社の経営上の決定権を高めることになるため、インドのSUは、大規模投資を抑える傾向にあると考えられる。
他方、歴史的に周辺国と緊張関係にあり、国民皆兵役制を敷くイスラエルでは、精密機器をはじめとしたBtoBの産業機械投資が大きな割合を占める。投資家の目にとまる先進技術があることに加えて、製造業はある程度まとまった先行投資が必要となるため、投資額が大きくなると考えられる。投資額が大きい分野としては、エンタープライズ、ITおよびデータ関連領域やサイバーセキュリティーなどが挙げられる。
こうした各国の特色を踏まえ、第2回ではイスラエルスタートアップへのインタビューを中心に両エコシステムを比較する。
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