6月17日、マツダは2030年に向けた技術開発の長期ビジョンを発表した。17年からマツダはこうした中期計画の説明を行っており、その大筋において、内容は変わっていない。
しかしながら今回注目を集めたのは、30年時点のEVの生産比率を25%と大幅に上方修正した点だ。18年10月に開かれた記者会見では、マツダは「EVとFCVの生産比率を10%」と見込んでいたわけで、今回の発表は数値だけを見れば2.5倍に増えている。
だが本当にそうだろうか? 以下は筆者の受け取り方だが、マツダ自身本当にEVの販売台数が大幅に上向くとは考えていないように思う。
という話に入る前に、ちょっと面倒だが断っておく。各社の発表はEV/FCVとなっているが、現実的な話として、少なくとも乗用車に関しては、30年時点で、FCVがカウント可能なほど大きな数字になるとは考え難く、実質的にはこれらに挙げられている数字はほとんどがEVを意味していると考えていい。FCVは重要な技術だと思うが、その普及期はもっと先だと思う。
確かに昨今のタピオカ並みのEV流行具合を見ると、参入するメーカーと車種の増加によって多少の上方修正はあるかもしれないが、30年の段階で年間約1億台の世界全体新車販売の25%、つまり2500万台のEVが本当に売れるかといわれれば懐疑的にならざるを得ない。
そもそも全世界でみれば、電気のない生活を強いられている人は20%といわれている。残り80%の内、EVを持つに相応しい家庭充電環境を手に入れられる人は精一杯多くカウントしても全ユーザーの半分程度で、つまりトータル40%。その半分以上がEVを買う状況までにはまだ時間が掛かるだろうし、そもそも毎年2500万台のEVを作れるだけのバッテリー生産環境と原材料調達環境が整っていない。兵站(へいたん)がないところで戦果が上がらないのは当然のことである。簡単にできるように言う人は「兵站なんかどうでもいい」という乱暴な理屈の人だ。
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政府のパワハラ
という中で、ではなぜマツダはEVの比率を2.5倍で再発表したのかといえば、これは政府によるパワハラの疑いが濃厚である。官庁方面から漏れてくる噂(うわさ)話ではあるが、小泉進次郎環境相は、自動車メーカー各社を訪問しては「悪いようにはしないから、環境省の数字を飲め」と言って回っているらしい。真偽のほどは何とも言えないが、小泉環境相の日経のインタビュー記事などを見ていると、まああながち……とは感じる。
さらに、ここ最近では経産省の旗振りの下、SDGsを錦の御旗にして、環境問題に積極的でない企業には機関投資家が投資をしないという脅しまがいの圧力まで掛かっている。「環境問題に積極的であるべし」という話自体は分かるが、それは気候変動への貢献そのもので評価すべきであり、一手段に過ぎないEVの生産比率を持って貢献度の指標とするのは明らかにおかしい。
つまり株価の爆挙げで味を占めた人達の存在だ。EVシフトで金もうけをしたい金融界隈(かいわい)の人々が、環境に名を借りて投機のために暗躍している構図がそこはかとなく透けて見える。ライフサイクルアセスメント(LCA)で評価した時、EVは本当に突出してCO2削減効果が高いのだろうか? そこには明らかにいろいろなグレーゾーンが含まれており、EVだけが完全無欠な解決手段とするには不確定要素が多すぎる。
逆に問いたい。なぜ自動車メーカーが過去10年に削減したCO2の総量実績で評価してはいけないのか? こちらは実績値であるだけに地球環境への貢献は揺らがない確定事実である。
原則に立ち返れば、SDGsは、自然な形で社会全体の環境意識を高めていくものであって、企業を恐喝していうことを聞かせることを目的にするのはおかしい。投資対象を恣意的指標で選別して批判、ましてや排除するツール化するのはそもそも自由経済と相容れないし、仮にそういうやり方をするのであれば、評価に対する厳格な監視と罰則を設けるべきだろう。東芝の一件を見ても、目的のためには手段を選ばない姿勢が強く、経産省はそのあたりのルールに対する規範意識が著しく欠落しているように見える。
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株式会社にとって、株式や社債などへの攻撃、つまり兵糧攻めはあまりにも手痛い。まさに弱みにつけ込むやり方である。そうした結果、自動車メーカー各社は背に腹を変えられず、目標に上方修正を加えている。ここ最近発表された具体的数字を示すものを挙げてみる。
- トヨタ 2030年に年間200万台をEVまたはFCVに(従来の2倍)
- ホンダ 2030年に40%、2035年に80%、2040年に100%をEVまたはFCVに(内燃機関からの完全撤退)
- マツダ 2030年に25%をEV(従来の2.5倍)
- スバル 2030年に40%を電動化(EV/HV)(20年1月発表を据え置き)
という具合で、あのトヨタですら、圧力に部分的に屈している状態だ。
結局、本質的には、EVが普及するかしないかはマーケットが決めることである。かつての中国の人民服のように、法律で何を着るか、何を買うかを規定するのは異常なことで、自分の金をどう使うかは自分で決められるのが先進国の人権感覚であるはずだ。とすればメーカーがその数値を決めることには全く意味はない。売れるものが売れるだけの話ではないか。
もちろん分け隔てなく全ての製品をより良くする努力は払うべきであり、EVの開発だけサボタージュするようなことがあってはならないが、現実にそういうことをしている会社はない。
というか単純に「EVは簡単には売り上げが上がらないから」というシンプルな理由で、これまで重視されてこなかっただけのことだ。国内の業績を見れば、早くからEVに取り組んできた日産(記事参照)と三菱(記事参照)の決算がどのようなことになっているかは、過去の記事で確認してもらいたい。少なくともこれまでは、EVが全くビジネスにならないどころか足を引っ張ってきたことは、両社の決算が証明している。
20年の決算で創業以来初の通期黒字を計上したテスラにしたところで、当該期に計上した黒字の倍額もの排出権取引利益があってのことで、お得意さまのステランティスが、テスラとの排出権取引中止を発表した今、来期の決算には厳しい見方も出ている。排出権利益などなくても、EVの販売だけで利益を出せるのは果たしていつになることか。
もちろん情勢は変わるもので、未来永劫(えいごう)EVがビジネスにならないと言う気は筆者にはない。これからは少し様子が変わるだろうが、そういうタイミングでトヨタもマツダもスバルもEVを発表したわけだ。
さて、マツダのEV生産2.5倍は、つまるところ今まで常識的見通しを発表していたところに、世の中の趨勢(すうせい)を若干上乗せし、さらに見通しを、政府に忖度(そんたく)して楽観的な数字で発表することにしたというのが現実なのではないか? それが筆者の結論である。
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マツダの戦略
さて、今回マツダが発表した内容を俯瞰(ふかん)的に見ると、ベースになっているのはビルディングブロック構造である。内燃機関、モーター、バッテリーの順列組み合わせによって、世界各地のさまざまなニーズに応える製品を作る考え方だ。
電気のない国に暮らす20%の人には、高効率の内燃機関とマイルドハイブリッドの組み合わせでCO2削減に貢献し、先進国の充電環境を持たない人にはストロングハイブリッドでCO2の削減を目指す。もちろん家庭充電環境が整っている人にはEVを供給する。
マツダにはそれらを個別に開発するだけの人的、コスト的リソースがないから、先に挙げた3つの要素をコンポーネント的に組み合わせて対応幅を広げようという考え方だ。
このうち、ハイブリッド(HV)とプラグインハイブリッド(PHV)には、ロータリーエンジンの組み合わせによる新しいシステムが与えられる。のみならず、トヨタの協力によってTHSのストロングハイブリッドも加わる。これはCAFE規制への対策として、欧州向けのMazda2がヤリスのOEMになるという可能性を含むが、もしかすると他の車種でもかつてのアクセラハイブリッドのようなマツダ車にTHSという組み合わせも見られるかもしれない。
こうした内燃機関については、もう少し長期の展望も発表されている。燃料側のマルチソリューションとして、BIO-FUEL(バイオ燃料)、e-FUEL(水素改質燃料) 、HYDROGEN(水素)が用意される。
良好な充電環境が全てのユーザーに普及するのが思ったより遅ければ、こうした代替燃料利用のハイブリッドはセカンドプランとして有用に働くだろう。
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スモールとラージの戦略
さて、これらの具体的なエンジニアリングがどうなるかといえば、これは過去に書いてきた通り、シャシーをスモール群とラージ群に分けていくことになる。
直4横置きFFユニットを基本とするスモール群には、MX-30 EVに搭載済みのEVと、そのモーターユニットを使った「ロータリーによるハイブリッド」を追加する。
直6縦置きFRユニットを基本とするラージ群には、直4も加え、さらにPHVを追加する。エンジンは4気筒6気筒ともに、e-SKYACTIV-X、e-SKYACTIV-G、e-SKYACTIV-Dを用意する。ちなみにこのラージプラットフォームの狙いの中心は北米であり、CX-9をさらにプレミアム化して、商品力を向上させることが主目的である。
ラージとスモールでは生産ラインを分けることになるが、それぞれ多彩になるパワートレインをどう処理するのかというと、マツダ得意の混流生産をさらに一歩進め、サブアッセンブリーラインを合流させる形で、EVであろうが、PHVであろうが、委細構わず順不同に組み立てが行える生産体制を構築しようとしている。
それはつまり、仮にEVが思ったより売れず、生産台数が少なかったとしても、ラインの稼働率が下がらないことを意味する。スモールの総数、ラージの総数がそれぞれ辻褄(つじつま)さえ合えば、問題ない。
さて、マツダの戦略への評価だが、筆者は高く評価する。持たざるマツダが無駄なく資産を利用し、個別の商品の販売に左右されない体勢を作り上げるという作戦は安定感のあるものだと思う。
ひとまずラージの最初の一台がデビューするのは21年度中といわれているので、まずはそこまで頑張っていくしかない。そして主力であるCX-9が北米で売れること。それが実現できれば、大きな流れが動き出す可能性がある。経済の不安定さが増す中国と日本との比較においては米国は大丈夫そうだとは見ているが、ここしばらくマツダは作戦を成功させないと厳しい局面が続くと思われるので、推移を十分に見守っていきたい。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミュニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う他、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。
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確かに
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