経済誌を中心にパナソニックのコンシューマーカメラ事業に対する風当たりが強まっている。5月10日に発表があった、2020年度(2021年3月期)の連結業績発表を受けてのことだろう。巣ごもり需要を受けての白物家電好調とは裏腹に、いわゆる黒物であるカメラとテレビの苦戦が伝えられたところである。
確かにカメラは“黒物”の中でも、高度な精密機器の本体部分と、昔ながらのアナログ技術の塊であるレンズ部の複合商品であり、メカ部も半導体部もあるという、設計・製造の難易度が高い機器だ。加えてブームに左右されやすい市場であり、波が来たらすぐ乗らないと置いて行かれる、厳しい分野である。
2020年度はコロナ禍で部材調達も工場の稼働も難しく、生産や販売を絞らなければならなかった事情もあり、売上として苦戦を強いられたのは事実だろう。しかしLUMIXの名前は2001年からもう20年も続いており、エントリーコンパクトからハイエンドミラーレスに至るまでを貫く、強いブランドだ。手放すには惜しい。
今後LUMIXはどこへ行くのか。過去から現在に至るまでの流れを追いつつ、その方向性を占ってみよう。
デジタル一眼のハードルを下げた、マイクロフォーサーズ
パナソニックがデジカメの新ブランドとしてLUMIXを登場させたのが2001年10月で、最初の製品はライカレンズ搭載の「DMC-F7」と「DMC-LC5」だった。特にF7は今見ても斬新な横長のボティーで、デジタルカメラの夜明けにふさわしいルックスを備えていた。
当時デジタルカメラ市場は、一眼レフがプロ向けの高根の花で、レンズ交換可能なミラーレス機はまだ誕生していない。もちろんスマートフォンも誕生しておらず、主流はコンパクト機だった。レンズブランドを持たないパナソニックは早くからライカと提携し、多くのモデルへ搭載していった。ソニーがツァイスと組んであらゆるカメラに搭載していったのと同じ構図である。
しかし多くの人がLUMIXブランドを強く意識し始めたのは、「ネオ一眼」と呼ばれたレンズ一体型の大型モデル「FZシリーズ」の登場からだろう。光学手ブレ補正に12倍という高倍率ズームレンズを搭載し、コンパクト機では物足りない層にヒットした。最終的には光学60倍、超解像ズームまで含めると120倍までズームできたシリーズだった。
レンズ交換可能な一眼カメラへの参入は、2008年である。初号機の「DMC-G1」は、世界で初めてミラーレス構造を搭載したカメラだった。また、マイクロフォーサーズ規格としても第1号機であった。
G1登場以前のデジタル一眼は、全てミラー有りの「一眼レフ」である。当然、フィルム時代に一眼レフカメラを作っていたカメラ専業メーカーの独壇場であった。ソニーは2006年にミノルタの事業を継承することで、先に参入を果たしている。同じ土俵では戦えないとして、専業メーカーのオリンパスと組み、オリンパスが提唱してきたフォーサーズシステムを改良、大幅に小型化することに成功した。
フォーサーズシステムが「一眼レフ」の規格であったのに対し、マイクロフォーサーズはミラーレス設計を前提としており、フランジバックが短い。フランジバックとは、レンズマウント面から撮像素子までの距離のことだ。当然レンズも専用設計となる。
だがフランジバックが長い旧来のレンズでも、レンズとボディーの間にマウントアダプターを入れ込んで使用できた。なぜならフランジバックが短ければ、途中を継ぎ足しても余裕があるからである。逆にフランジバックの長いカメラには、フランジバックの短いレンズは付けられない。長さは、足すことはできてもを引くことはできないからである。
このシステムのおかげで、マイクロフォーサーズのカメラはレンズラインアップがそろう前でも、マウントアダプターを介すことで最初から相当数のレンズが使えた。このメリットは、今もなお健在である。
「動画ミラーレス」への道のり
一方マイクロフォーサーズの弱点は、センサーサイズだ。4/3インチというサイズは、フルサイズに比べると、面積で約1/4しかない。2008年の段階では、まだ一眼カメラのAF機能は十分ではなく、ピントが外れることが問題だった。その点、面積の小さいマイクロフォーサーズは被写界深度が深く、ピンぼけが起こりにくい。そのため当時は、センサーサイズが小さいことにメリットがあった。
しかし同じく2008年、キヤノンが「EOS 5D Mark II」をリリースし、フルサイズ機で動画を撮るというブームが起こると、フルサイズ機の特徴である大きな「ボケ」が注目されていった。
海外でもそのまま「Bokeh」で通用するようになっていったのは、フルサイズで動画を撮るデジタルシネマ的手法が本格化していったこのあとからだ。そうなると、ボケが少ないマイクロフォーサーズは、デジタルシネマ文脈からははじき出される。
フランジバックが短い×フルサイズの利点にいち早く気付いたのは、ソニーだった。2010年に発表されたミラーレスNEX-3およびNEX-5には、フランジバックが短いEマウントが新搭載された。APS-Cサイズセンサーにしては、マウント径が不自然に大きい。これでは将来、カメラの小型化に邪魔になるだろうと、多くの者がいぶかしんだ。
だが2年後に、Eマウントの中にフルサイズセンサーを入れ込んだカムコーダ「NEX-VG900」が登場し、皆が「そういうことだったのか!」と膝を打った。もともとミラーレスの構造は、業務用カムコーダの構造そのものである。「フルサイズ動画ブーム+ミラーレス=フルサイズカムコーダ」という方程式は、ソニーにしか解けなかった。
しかし世の中は既に「ビデオカメラ」に興味をなくしつつあり、写真も動画も1台で済ませたいという流れになっていた。ソニーもその後方向転換し、ミラーレスの「α7S」で動画機能を強化する流れへと変わっていった。
一方LUMIXは、マイクロフォーサーズのままで動画機能を強化するという方向性を打ち出した。2009年にはフルHD動画が撮れる「DMC-GH1」をリリースしていたが、今に続く本格的な動画撮影機としてのGHシリーズを決定づけたのは、2012年発売の「DMC-GH3」からということで異論はないだろう。
前モデルGH2との違いは、Blu-ray互換であったAVCHDに見切りをつけ、さらに高ビットレートで撮影できるモードを搭載したことである。さらにプロ機にしか搭載してこなかったAll Intraフレームでの記録もサポートした。
続く2014年の「GH4」は早くも4K動画撮影に対応した。この頃からプロカメラ部門がコンシューマーに合流したこともあり、拡張ユニット「AG-YAGHG」を接続するとHD-SDI 4本による4K出力やXLR入力、タイムコード入力にも対応するなど、プロ用のニーズにも応えられるようになった。ただ、実際にプロの現場で利用されたという例は多くなかったようで、続く「GH5」にはこうしたオプションは出なかった。
プロ機に目を向けると、パナソニックの放送用カメラは、DVCPRO時代には廉価で高性能ということで、ケーブルテレビやCS放送などで導入されたが、なかなか地上波にまでは浸透しなかった。そんな中で方向転換を試みたのが、「VARICAM」シリーズである。
今ではCINEMA VARIVCAMとしてシネマカメラシリーズを展開しているが、2002年発売の初代「AJ-HDC27F」は、DVCPROのテープに720pでバリアブルフレームレート撮影できるという、変則的なカメラだった。
シネマ向けとして導入されたが、レンズシステムや本体の仕様が放送用カメラそのもので、ドキュメンタリーにはマッチするが、映画用途としてはスロー撮影のために一部で使用される程度であった。同時期ソニーが「CineAlta」シリーズを展開してジョージ・ルーカスと組み、スター・ウォーズエピソード2/3を撮影して華々しいデビューを飾ったのとは、対照的であった。
ライカのライセンスを受けて製造するマイクロフォーサーズ用レンズは優秀だが、イメージサークルが小さいため、「ボケ」を有難がるシネマ文脈からの評価は低かった。コンパクトシネマカメラとして注目を集めた2017年の「EVA1」は、スーパー35mmイメージセンサーを搭載したが、マウントはEFマウントである。自社にシネマで使えるレンズがなく、シネマカメラとしては自社だけで成立できない苦しさを浮き彫りにした。
「フルサイズ」の評価は高いが……
マイクロフォーサーズしか持たないパナソニックが「DC-S1」および「DC-S1R」でフルサイズへ参入したのは、2018年のことだった。フルサイズミラーレスで一人勝ちしていたソニーを追うタイミングとしては、遅くない。レンズはライカが開発したLマウントを採用し、シグマともアライアンスを組むことで足元を固めたが、初号機はミラーレスとは思えない超大型のカメラであった。
続く2019年発売の「DC-S1H」は、シネマを意識して6K撮影までサポートした。2020年の「DC-S5」は、サイズをマイクロフォーサーズ機並に抑え、価格もS1シリーズの半額に抑えるなど、フルサイズをあっという間に大衆の手が届くものにしたのは、さすがの手腕であった。
「DC-S1R」は2019年のカメラグランプリを受賞、2021年には「LUMIX S 20-60 mm F3.5-5.6」がカメラグランプリ2021のレンズ賞を受賞した。どちらもパナソニックとしては、初めての受賞である。
逆にいえば、20年もやってきたマイクロフォーサーズでは一度も受賞しなかった。いかにマイクロフォーサーズがハイエンド層から冷遇されていたかが分かる。
今デジタルカメラ業界は、フルサイズミラーレスによるハイエンド化で生き残ろうとしている。マウントも一新し、過去との離別を図ろうとしているところだ。だがLUMIXというブランドは、コンパクトデジカメからマイクロフォーサーズを代表するもので、小型大衆機のイメージが強い。
パナソニックも同様に、ハイエンド化で生き残ろうという戦略であれば、フルサイズ機はLUMIXブランドから離れるべきだった。だがあえて同じブランドにしたということは、マイクロフォーサーズがそうしてきたように、フルサイズも大衆化・マス化していくという戦略なのだろう。
デジタルカメラの機関部品であるイメージセンサーは、2020年9月の半導体事業譲渡に伴って、ヌヴォトンテクノロジーに売却してしまった。
これまでLUMIXは、独自開発のLiveMOSセンサーを搭載してきたが、今後センサーは他社調達になる。最新のセンサーはなかなか搭載しづらいだろう。ただ、周回遅れでも十分なセンサーはたくさんあり、低価格化路線へシフトしやすくなるのも事実だ。
GH5M2とGH6の発表
現在現役のカメラメーカーは、フィルム時代からの老舗がほとんどで、カシオが撤退した今、デジタルネイティブなメーカーはもはやパナソニックぐらいになってしまった。ソニーはミノルタから事業譲渡を受けており、デジタルネイティブとはいえない。
それも含めて考えると、パナソニックのカメラ事業は他のメーカーと戦略が違いすぎて、単純に比較することができない。一番フラットな比較が売上やシェアで見ることなのだろうが、その立場から見れば「もう売ってしまえ」ということになるだろう。
今年(2021年)のCP+のオンラインイベントで、パナソニックは動画クリエーター向けサイト「Vook」と組み、「動画」にフォーカスした展示を行った。
元来CP+は動画と相性が悪く、リアル展示では動画関係の機材はいつも別棟へ追いやられるほど冷遇されているわけだが、いくらオンラインとはいえ動画しかやらない展示をブッ込んできたわけだから、いつものリアル展示だったら相当に見ものだっただはずだ。
5月26日には「GH5 II」を発表、さらには年内に「GH6」の発売を発表した。どちらもビデオグラファー向けに「動画機」として投入していく。常識的に考えれば、新製品発表と同時に次期モデルを開発発表したら、買い控えが起こるのではないかと思われるが、LUMIXの健在を示すために発表を急いだとも考えられる。
逆にフルサイズのSシリーズはアナウンスがないが、2018年のDC-S1以降毎年夏には新モデルが出ているので、この夏にも順調にフルサイズ機が登場するなら、ひとまず安心はできるだろう。
パナソニックのデジタルカメラ事業は今後、写真と動画のポジションが入れ替わる勢いで動画性能をより強く打ち出していくだろう。ビデオブログやライブ配信、リモート会議など、動画需要は伸びしろが大きい分野だからだ。
その点ではLUMIXをいつまでも写真機として見ているわれわれの方が、もう頭が古いのかもしれない。
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確かに
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