ピアノ・レッスン』(1993)はカンヌ国際映画祭で女性の監督作品として初のパルム・ドール、そして、アカデミー賞®主演女優賞・助演女優賞・脚本賞を受賞した作品だ。

主役のエイダを演じたホリー・ハンターと、娘のフロラを演じたアンナ・パキンはそれぞれアカデミー賞主演女優賞、助演女優賞を受賞した ©1992 JAN CHAPMAN PRODUCTIONS&CIBY 2000

ジェーン・カンピオン監督はその後も、人間の「搾取と主体性の境界線」や「支配欲の裏にある心理」など複雑な人間の関係性を映し出し続けている。そして2021年には『パワー・オブ・ザ・ドック』でアカデミー賞®史上初となる“2度の監督賞にノミネートされた女性監督”となり、見事受賞を果たした。『パワー・オブ・ザ・ドック』では主演のベネディクト・カンバーバッチが本作を語る取材で“トキシック・マスキュリニティ”に言及し、“有害な男らしさ”という概念を多くの人に知らしめることになった。世界的に活躍する女性監督のパイオニア的存在といえる。

3月22日に『ピアノ・レッスン 4Kデジタルリマスター』が公開となるに先んじて、此花わかさんがジェーン・カンピオン監督にインタビュー。前編では『ピアノ・レッスン』で描いた「恋愛」について深く話を聞いた。後編では、さらに深堀りし、「女性の」監督として直面してきたことにも話が及び……。

※一部ネタばれを含みます。『ピアノ・レッスン』をご覧になったことがない方は鑑賞後にお読ください。

出典/YouTube 映画・ドラマ情報!カルチュア・エンタテインメント

『ピアノ・レッスン』あらすじ
19世紀半ば。 エイダ(ホリー・ハンター)はニュージーランド入植者のスチュアート(サム・ニール)に嫁ぐため、娘フロラ(アンナ・パキン)と1台のピアノとともに スコットランドからやって来る。「6歳で話すことをやめた」彼女にとって自分の感情を表現できるピアノは大切なものだったが、スチュアートは重いピアノを浜辺に置き去りにし、白人でありながらマオリ族の入れ墨を顔に入れた男・ベインズ(ハーヴェイ・カイテル)の土地と交換してしまう。エイダに興味を抱いたベインズは、自分に演奏を教えるならピアノを返すと彼女に提案。仕方なく受け入れるエイダだったが、レッスンを重ねるうちに彼女も思わぬ感情を抱き始める――。

恋愛が終わった後、本物の愛を育むには……

――「この映画を作った後、「恋は一生続く」「恋愛が人生のすべて」といった恋愛神話に加担する映画を作ってしまったと感じ、しばらく恋愛的な表現から遠ざかってしまいました」。監督はそうおっしゃいましたが、それはどういう意味ですか? 

ジェーン・カンピオン監督(以下、カンピオン監督):『ピアノ・レッスン』で恋愛表現を十分に演出したので、しばらくはもういいかな、と(笑)。これはあくまで私の経験から学んだ考えですが、恋愛とは自分がもつロマンチックなイメージを自分で作ることなんです。一方、愛とは日々の生活のなかに見出せるもの。リスペクト、情熱や優しさも愛の一部で、日常のなかに本物の愛はあるんです。

©1992 JAN CHAPMAN PRODUCTIONS&CIBY 2000

――なるほど。愛とは、日常生活の行動なのですね。例えば、素敵なプレゼントや夜景の見えるディナーは恋愛で、本物の愛とは違う。

カンピオン監督:そうですね、私にとって愛は人生で一番大きなものだと思います。恋愛は1年か2年しか続きませんし(笑)。

――えっ。恋愛が終わった後は、どうすればよいのですか?

カンピオン監督:恋愛が消えた後も2人の絆を育てるため、ユーモアと思いやりをもって相手を尊重し、お互いの人生に情熱をもつことがとても大事だと思います。毎日、相手のすることを愛おしいと思える心が愛。多くの人が恋愛に過剰に期待しすぎだと思う。恋ではなく、日々誰かを愛することは本当に美しい。

一番厳しい批評は男性からだった

――ところで、1993年にこの映画が公開されたとき、女性監督による女性の性的主体性を描いた映画は非常に珍しかったと思います。当時、どのような反応がありましたか?

カンピオン監督:『ピアノ・レッスン』は実験的に作ったので、何も期待していませんでした。でも、あの映画が公開された少し後に、オーストラリアの薬局に行ったら、薬剤師さんが「あなたがあの映画の監督でしょう? とっても感動しました!」と褒めてくれたんですよ。とっさに、「いえ、あんなバカな映画を見てくれてありがとう」としか言えませんでした(笑)。多くのニュージーランド人の例にもれず、私は感情を抑えがちなので、誉め言葉にどう反応してよいか分からなくて。ただ、多くの女性が「心に響いた」と言ってくれて嬉しかったですね。

©1992 JAN CHAPMAN PRODUCTIONS&CIBY 2000

一方で、あの映画が嫌いだという男性も少なからずいて、一番厳しい批評は男性からだったと思います。女性のまなざしで描かれているのが、男性にとって心地悪かったのかもしれません。しかし、夫を演じたサム・ニールやべインズを演じたハーヴィ・カイテルは『ピアノ・レッスン』のメッセージを理解してくれましたし、映画を気に入ってくれた男性も、もちろんたくさんいました。