題名を知らずともつい反応してしまう“パブロフのM(ミュージック)”の正体
(小林偉:放送作家・大学講師)
誰でもが知る「あの曲」は誰の曲?
曲名を聞いても知らないのに、その曲を聴くと特定の情景が思い浮かぶ・・・そんな曲は皆さんの周りにも結構あるもんです。
そんな曲のことを・・・ロシア人として初めてノーベル生理学・医学賞を受賞したイワン・ペトロヴィッチ・パブロフ博士の有名な条件反射による実験に準えて、筆者は“パブロフのM”と命名しております。
今回は、そんな“パブロフのM”をいくつかご紹介いたしましょう。
まず読者の皆さんへ、今回は先に音源をお聴きになってから、文章を読み進むことをお薦めいたします。ラジオ感覚で楽しんで下さいね。
早速まいりましょう。皆さんは『SOMEBODY STOLE MY GAL』という曲をご存知でしょうか? 演奏しているのはピー・ウィー・ハントというジャズ・ミュージシャン。リリースされたのは1954年・・・マァ、多くの皆さんは、これではピンとこないですよね。
では、聴いていただきましょうか。
●SOMEBODY STOLE MY GAL/PEE WEE HUNT
特に関西地方の方にとっては、土曜日の午後って感じではないですか? そうです。「吉本新喜劇」のテーマ曲です。“浪花のモーツァルト”こと、キダ・タローさん辺りが作った曲なんて思っていた方も多かったのでは?
作者は、レオ・ウッドというアメリカ人のポビュラー音楽の作曲家。1910年代からアメリカのショービジネス界で活躍した方ですが、1929年に46歳の若さで亡くなっています。そんなレオ・ウッドの代表曲がこの曲。
タイトルを直訳すると「誰かが俺の彼女を盗んだ」となりますね。当時のアメリカのショービズ界では、他人の彼女を取っちゃうみたいなことは日常茶飯事。その中で、実に繊細で優しい性格だったというレオ・ウッドは、ちょっとした皮肉と悲しさを込めて、この曲を作ったそうです。
当時はそれほどのヒットには恵まれなかったこの曲を甦らせたのが、ピー・ウィー・ハントという人物。1948年に「12番街のラグ」という全米ナンバー1ヒットを放っていたジャズマンです。彼が1954年に、埋もれていた「サムバディ・ストール・マイ・ギャル」を軽妙かつユーモラスにアレンジしてリリース。1907年生まれのピー・ウィーにとっては、10代の頃の思い出の曲だったのかもしれませんね。しかし、このピー・ウィー・ハント・ヴァージョンもシングルのB面でしたので、それほど有名な曲というワケではありません。
そんなマイナーな曲が脚光を浴びることになったのは1963年、日本の関西地方。大阪の朝日放送が「吉本新喜劇」のオープニングテーマ曲に採用したことです。
何故、この曲を採用したのか、今となっては詳しい経緯が不明ですが、恐らく番組の選曲に携わっていたスタッフがジャズファンで、この軽妙でユーモラスなアレンジの曲と出会い、一目惚れって感じだったんでしょうかね? 以来、60年以近くにわたって「吉本新喜劇」のテーマ曲として親しまれ続けているというワケです。作者のレオ・ウッドが、この曲に込めた想いを考えると、少々複雑な気もしますが・・・。
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