とてもひろーい土地が広がる北海道の十勝地方。今回訪れた上士幌町はその十勝地方の北側に位置する人口約5,000人の町です。農業や酪農、林業が主な産業の町で、観光の側面でも、熱気球の町として有名です。年に2回開催される熱気球のお祭りは、道内外問わず大人気です。旧国鉄士幌線に使われていた「タウシュベツ川橋梁」が有名なのですが、皆さんは御存知でしょうか?季節によっては橋全体がダムの湖底に沈んでしまうため「幻の橋」とも呼ばれている橋を見るために、大勢の観光客が上士幌町に訪れています。
タウシュベツ川橋梁
豊富な観光資源や、酪農、農業に恵まれたこの土地の中心部に、約30店舗ものさまざまなお店が並ぶ上士幌町商店街があります。その一角に「カミシホロホテル」が出来たのは2021年7月4日のこと。
今まで、上士幌町市街地には、宿泊施設の旅館が一軒しかなく、イベント時にはすぐに満室になってしまうなどの課題がありました。上士幌町の北部には「ぬかびら源泉郷」という温泉地があり、そこもとても人気が高いのですが、町の中心部とは約25Kmほど離れており、アクセスが便利!とは言えない場所。そんな環境であることから、もともと上士幌町に関わっていた民間企業が、マチナカに気軽に泊まることができればもっと便利なのに!というユーザー視点の発想から、株式会社ルイス・ミッシェルという現地法人を設立。民間主導でこのホテルを建設・運営していくことが決まったそうです。人口5,000人ほどのまちで、新規開業で、しかも居抜きではなく新築で始めるなんて、全国的にみても珍しいことのように思います。また、宿泊できる場所がマチナカにできたことによって、夜帯中心の飲食店にとっても大きく経済効果を高めてくれることも、地域にとってとてもありがたいこと。大きな話題と期待になりました。
木目の外観に牛さんのマークが付いたおしゃれな外観です!
カミシホロホテルのコンセプトは「便利なホテル」。チェックイン・チェックアウトはタブレット端末で実施。お部屋の鍵はなんと顔認証なんです。また客室には、デリバリーボックスなるものがあり、スタッフと接することなく、朝食や追加のタオルなどを受け取ることが可能です。現在は、結果的にコロナ対策としても機能しているそうですが、そもそもは、部屋にいながらサービスを受けられ、快適に過ごしていただけるようにと考えてのことだそうで、そんな細かなこだわりにも驚かされます。部屋の設備やコンセントの数の多さ、机の大きさ等に徹底的にこだわった「カミシホロホテル」。支配人である島田裕子さんにお話を伺いました。
チャレンジしたい!という想い
「こんにちはー!」と元気に私たちを迎え入れて下さった島田さん。「支配人」という役職を聞くと、ちょっと身構えてしまいますが、そんな雰囲気を一切感じさせないイマドキ女子風の島田さん、ハキハキはつらつとした様子からパワフルさをバシバシと感じます。カミシホロホテルの事について、お話をうかがう前に、移住者だという島田さんに、どうして上士幌町に移住をしてきたのか、島田さんは、どんな方なのかを聞いてみました。
こちらが支配人である島田裕子さんです
島田さんが生まれ育ったのは、岡山県倉敷市。江戸時代に作られた白壁の屋敷が並ぶ倉敷地区の風景は全国的にも大変有名な場所です。島田さんは、自然あふれる地域で生まれ育ち、自然の中でのびのびと幼少期を過ごしたといいます。大学への進学を機に住み慣れた倉敷を離れ東京へ移り住み、東京での大学生活を過ごします。しかし、その後は、みなさんの予想を裏切り、就職活動を経て大学を卒業、そして社会人に...という流れではありませんでした。
「社会人経験が一切ないまま、東京で専業主婦になったんですよね。最近の人たちの間では、なかなか聞かない状況ですよね!」と島田さんは、はにかみます。
結婚後すぐに、二人のお子さんに恵まれ二児の母となった島田さん。「子育てはとても幸せで楽しいことが多かった」といいます。しかしながら、その中で感じる物足りなさもあったとことも隠さずに語ってくれました。
「若かったのもあって、家で子育てだけをする。家事だけをするというのに体力を余らせていて『何か他のこともやりたい!!』と思うようになったんです。でも、東京では保育園がなかなか見つからなくて、保育園が見つからないと仕事が見つからない。仕事が見つからないと保育園が見つからない。よく聞く悪いループにハマってました」
子育てサークルの立ち上げをしたり、週に2〜3日一時保育等でお子さんを預け、東京でパートの仕事を始めた島田さんですが、それでもやっぱり何か足りない。何が足りないんだろうと考え続けると、こんな考えが島田さんの頭をよぎります。
「そもそも東京に絶対住み続けなきゃいけない!ってこだわる必要ってないのかなってふと思うようになったんです」
島田さんの脳裏に浮かんだのは、ご自身が子ども時代育った倉敷の環境でした。自然いっぱいの環境で幼少期を過ごした彼女にとって、東京での子育てはのびのび子育てとは言えないものでした。
そう思ってからは行動が早い島田さん。東京の有楽町にある、ふるさと回帰支援センターに通い、移住相談を始めたといいます(北海道は「どさんこ交流テラス」という名称で相談ブースを構えています)。「自分で何か(事業を)したい!という想いと、子どもたちの子育て環境の両方が叶えられる所がいいな!」と考え、移住先を探していたそうです。
「もともと北海道は好きだったんです。でも上士幌町のことは全く知らなくて、最初はどのあたりにあるんだろうという感じでした」という島田さんですが、たまたま上士幌町への移住体験ツアーを紹介され参加することに。移住体験ツアーの中で、現地の方々との交流を持つことが出来たことで、上士幌町へ移住したいという思いが高まります。
上士幌町では、先輩移住者や地元住民の方々と交流できる場も数多くあります
「いいところだけじゃなく、ちゃんと悪いところも全部教えてくれたことが移住の決め手になった」
と島田さんは当時を振り返ります。
仕事が見つからないと、引っ越すにも引っ越せない中で、島田さんは丁度募集をしていた地域おこし協力隊の話を聞き、面接を受けることに。
「協力隊として収入を得られる仕事だけでなく、家も、そして東京ではあんなに探すのに苦労していた保育園にもすぐ入れると教えていただきました。ものすごく好条件!って思いました。最悪(土地や仕事が)合わなかったら東京に戻ったらいい! まずは行ってみよう! という感じで、面接を受けることにしたんです」
結果、島田さんは地域おこし協力隊として内定をもらい、仕事と家、保育園が決まった形で、上士幌町に2018年に、お子さんを連れ、逆単身赴任のようなカタチで移住することになりました。
子育て支援に力を入れている上士幌町。こちらは、上士幌町認定こども園の「ほろん」です
地域おこし協力隊として着任後、島田さんは「ふるさと納税」担当として、任務を行います。上士幌町はふるさと納税でも大変有名な町で、2002(平成14)年度からIT情報担当部署を創設したのと同時期に、全国でもとても早い時期にふるさと納税をスタートさせています。
ふるさと納税への特典(現在でいう返礼品)をつけ始めた時期もほか市町村に比べてとても早く、2011年の8月から実施。ふるさと納税の先駆けとして、通常の町税収入の約2倍にもなる税収を得るなど、上士幌町は「ふるさと納税」の町として、全国的に有名になったことも、多くの方がご存じなのではないでしょうか。
島田さんは、そのふるさと納税担当として、地域おこし協力隊員になり、着任直後からガバメントクラウドファンディングを実施するなど、新しい仕組みを取り入れながら、多方面でマルチに活躍をしていきました。
ふるさと納税の返礼品で人気の「ドリームヒル 牧場直送アイス」
やりたいことの実現と現実
もともと観光業に興味があったという島田さんは、1年半ほど地域おこし協力隊員を勤め上げた後、2019年ご自身で起業をする道を進みます。
「町の中で『Barらんぷ』と、観光地に出店する、かき氷のキッチンカー『kachi kaki+』の両方をはじめました。バーは町の人たちとのつながりづくりを目的に、キッチンカーは、観光地として外から十勝エリアに訪れたみなさんから直接話を聞きたくて。将来的にやりたいことの役に立てばいいなという想いから、2つの事業をやることにしたんです」
新卒入社社員として社会人教育をしっかりと受けた経験もなく、故郷でもないマチで、似て非なる2つの業種を開業するというハードなスタートアップ。そんな忙しい毎日のなかでも、多くの方々と触れあうことができ、充実日々だったことも教えてくれました。一瞬忘れてしまうのですが、もちろん2人のお子さんを、ご主人と離れながら育てながらですので、語られない大変なこともたくさんあったに違いありません。
しかしながら、新型コロナウイルスの流行によって、飲食店であるバーと観光地に出していたキッチンカーは営業をすることが難しくなってしまいました。その結果、2年続いた『Barらんぷ』とキッチンカー『kachi kaki+』は残念ながら休業を選択せざるを得なくなってしまいました。
お店を休業した後、「この先、何をしようかな」と、島田さんが考えていた際、地域おこし協力隊の時に関わりを持っていた、現在のカミシホロホテルの社長から「ホテルの仕事をやってみないか?」と打診があったと言います。一度は悩んだ島田さんですが「上士幌町を盛り上げることになるのであれば」とカミシホロホテルの支配人として、新しい仕事を始めることを決意します。
現在の島田さんの仕事は「支配人」。社員3名、パート5名のスタッフと一緒にホテルの業務を行っています。
「私には支配人って肩書きはありますが、スタッフのみんなそれぞれ役職がついていて、得意なことを得意な人がその時その時やってる感じなんです。社長たちも現場の判断に多くを任せてくれていますので、みんなで試行錯誤しながらやっています」と教えてくれました。
宿泊プランの企画はもちろん、「かみしほろシェアOFFICE」との連携や、新しいサービスの開発、ワーケーションプランの企画なども行うなど、忙しい日々が続いているそうですが、毎日、仕事をするのはとても楽しいと、笑顔を見せてくれました。
コンセプトは「便利なホテル」
そんな島田さんが活躍する、カミシホロホテル。 みなさんも気になりますよね。施設を少しだけ紹介します!!
冒頭でご紹介している通り、入ってすぐにあるのはタブレット端末が並んだ受付です。
この受付でチェックイン・チェックアウトを行います。チェックイン時には顔の撮影をし、その写真がお部屋の鍵になるというのです。基本的にはスタッフの方が常駐されており、使い方などを教えてくださるので、初めての方でも安心です!
「リピーターになると、顔認証するだけでチェックインできるシステムになっていますので、スタッフのサポートなしにお客さまのみでチェックインすることも可能になります」と島田さん。名前や連絡先などを記入することもありませんので、こういうちょっとした煩わしさを解消してくれるのは、利用者には嬉しいことです。
1階と2階の廊下には、上士幌町らしい廃材を活かしたアートが展示されています。牛の爪や、町内の浴場ふれあいプラザの入浴チケット、羊の毛や、名産品であるじゃがいもを収穫する際の袋などがアートとして、再利用されています。1階のロビーにある大きなモニターでは、このアートを作るときの様子が動画で流れており、ホテルに居ながら町の取り組みや、観光名所を知ることができます。
全部で15室ある客室は全室シングルルーム、各部屋にあるアイテムはホテルコンセプトに合わせて「便利」で機能的なものを厳選されたそうです。高性能のドライヤーや、同じく高性能のエアコン、さらには有名なシャワーヘッドまで。あらゆる便利な物に取材陣もびっくり!!滞在時間がより快適に、そして、便利さを感じられました。そして何より、ノートPCを置いて仕事をするのにも机の矛幅が広くて感激!コンセントの場所や口数も申し分なく、PCにスマホにカメラに...と充電しないといけないアイテムが多い取材陣にとっても快適に作業をすることができました!
「ホテルの建設にあたって、コンセプトを考える私たち自身が、出張時に困ったり『こうだったらいいのにな』と利用者視点で感じていたことを、詰め込んだんです」と島田さんは言います。
こだわりは朝食にも!朝ごはんは、パンと野菜、スープジャーと牛乳が入っていました!パンは道の駅かみしほろにも店舗をかまえる「トカトカ」の食パン。北海道産の小麦と自家製の酵母を使って作られており、そのままでももっちりとしてとても美味しいのですが、ラウンジに備えられているトースターで温めると、サクサクともっちりが合わさり、更においしくなります。
「KAMISHIHORO FRESH MILK」と書かれた牛乳は、その名の通り上士幌町産なんです。牛乳は通常、酪農家さんからタンクローリーで各牧場を周り、一斉に集荷をし工場で加工されます。十勝のいろんな地域から集荷してきた牛乳が運ばれてくる為、具体的な地名で生産地を名乗ることが出来ないのです。みなさんが普段スーパーなどで目にする牛乳には「北海道十勝」と書かれていたり、「北海道産」と書かれていることはあっても、具体的に〇〇町や〇〇村と地名が書かれているものを目にする機会はあまりないのではないでしょうか? しかし上士幌町では、町内の酪農家のみなさんだけの生乳を加工しているため、このように上士幌の名を冠した牛乳を販売することが出来ているのです。
KAMISHIHORO FRESH MILKは80℃15分の低温殺菌製法のため生乳の甘さや風味をしっかりと感じられながらも、さらっとした口ごたえの牛乳でした!(日によって牛乳の種類は違うことがあるそうです)。その他、スープやサラダも上士幌町産や十勝産の食材にこだわった、とっておきの朝食です!
朝食の一例
また、帯広駅からカミシホロホテルまでの無料送迎もサービスの一つに組み込まれています。北海道への個人旅行や出張、ワーケーションで課題になりがちなのが、交通手段です。首都圏や都心部では、中々車を運転することがない人たちも多いですよね。そのため、公共交通機関が、都心のように整備されていない地方へ行くための方法がどうしても課題になる人も多いのではないでしょうか。カミシホロホテルでは、最寄りの帯広空港からの無料送迎を実施してくれているので、上士幌町までの交通面に関してはほぼ問題がなくなります。注目すべきはその車。2台あるうち1台は高級車のアルファード。もう1台は高級電気自動車のテスラで送迎をしてくださるそうです(要事前予約)。取材陣一同、再び仰天してしまいました。
上士幌町市街は、とてもコンパクトにまとまっていて、ホテルから徒歩10分程度で道の駅やコンビニ、飲食店やコインランドリーなどを利用することが出来ますので、ホテルに到着してからも安心。自転車や電動キックボードの貸し出しも行っているそうなので、アクティビティ感覚で町内の散策なども気軽にできます。滞在中に少し遠いところへ足を伸ばしたい方には、カーシェアプランをご予約いただければ、電気自動車をレンタルできるサービスもあるそうなので、そちらもオススメです。
オープンから2ヶ月程がたち、ホテルの利用はビジネス目的の方々が約7割と多めだそうです。そのような背景もあり、ワーケーションの可能性についても訪ねてみました。
「ワーケーション目的です!という方はまだそこまで多くない状況ですが、シェアオフィスとの連携をしている強みがありますから、ビジネスと観光の両面を快適に楽しんでいただきつつ、上士幌町を知ってもらえるきっかけになればと考えています。観光シーズンだとお子さん連れでお見えになる方もいらっしゃいますので、ビジネスと家族の時間の共生といった使われ方ももっとできるのではないかと思います。『ワーケーション』という定義はまだまだこれからのところもありますので、利用されるみなさんとも『上士幌町らしいワーケーション』を一緒に考えていけたらいいなと思っています」と、島田さんは笑顔をのぞかせました。
豊富な観光資源と、魅力的な人が沢山いる上士幌町。市街地にできた新しいホテルが地域のハブとなり、「泊まる」という目的や機能以上のものになっていく気がします。出張のための宿泊拠点や観光拠点としてホテルが手段として使われるのではなく、このホテルが「目的」となる人の動き方も今後増えていく予感を強く感じます。北海道の地で、ワーケーションしたいという全国各地のみなさん、カミシホロホテルは、魅力的な選択肢の1つに成りえるのではないでしょうか。
- カミシホロホテル
- 住所
北海道河東郡上士幌町字上士幌東3線237-30
- 電話
01564-7-7266
- URL
からの記事と詳細 ( ホテルの在り方が変わる!小さな町にできた新しいホテル。 くらしごと - kurashigoto.hokkaido.jp )
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