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Thursday, April 1, 2021

王様とルーキー──【連載】F1グランプリを読む - GQ JAPAN

落ち着かないグランプリ

シーズンオフの期間は例年同様だったのに、今シーズンの開幕が例年になく待ち遠しかったのは、コロナのせいで新しいシーズンは開けないのではないかという心配があったからだ。新しい年が明けないかもしれないという心配をしたのは、長い人生のなかで初めての恐怖だった。年が明けなければ当然F1グランプリの新しいシーズンが始まるはずがない。モータースポーツはどうなってしまうのだ、という不安に苛まれて時を過ごした。ファンの多くが同様の気持ちだったはずである。しかし、先を見通せない不安が渦巻きながらもなんとか無事に年が明け、F1グランプリの幕も上がった。多くの関係者の血の滲むような努力と、何重もの規制に立ち向かってレースの現場に取材に出掛けた勇敢なメディア関係者によって、2021年のF1グランプリ開幕戦バーレーンGPが開催され、情報が世界中に拡散された。バーレーンはグランプリ開催に国を挙げて取り組み、見事に重要な責務を全うした。中東の小国を見くびるな、という強い意志が見て取れた。

しかし、今年のF1グランプリは、どうも落ち着かない。これまで経験してきたシーズン開幕と何かが違う。F1マシンに関しては昨年からルールに変更がなく、ほとんどのチームが昨年のマシンの改良版を持ち込んだ。改良版といっても旧車に手を加えたものではなく、すべて新しく製作したものだが、規則上基本的な要素に変化が施されていないということだ。一番大きな変更点は空力で、これは開幕戦直前のテストまで改良の手を抜くことはなかった。いずれも昨年のクルマに較べてダウンフォースの大幅な増加を果たしてきている。PU(パワーユニット)は開発を凍結されており、出力アップは望めない。それでも空力を主軸に総合的な性能は大きく向上している。

ドライバーの大シャッフル

アルピーヌのドライバーとしてF1復帰を果たしたフェルナンド・アロンソ

では、落ち着かない開幕はドライバーのせいだろうか? 確かにドライバーの移籍は例年になく多かった。セバスチャン・ベッテル、カルロス・サインツ、セルジオ・ペレス、ダニエル・リカルドといったベテランの他チームへの移籍に加え、フェルナンド・アロンソの復帰もある。若い角田裕毅、ミック・シューマッハのデビューも話題に上った。恐らく、こうしたドライバーが新しいチームに馴染むまで、落ち着かない状況は続くのもかもしれない。それは、ドライバー本人だけでなくチームにもメディアにも感染する。

そしてもうひとつ。直前テストの結果から、今年の戦力図に変化が生じるのではないかという期待だ。過去何年もの間独走を続けてきたメルセデス(とルイス・ハミルトン)がレッドブル(とマックス・フェルスタッペン)の追い上げに尻に火がついた状態であり、実際に幕が開かなければ誰にも予想出来ない状況になっている。こうしたいくつもの変化を受けて、誰もがソワソワとしたまま新しいシーズンが始まった。

F1デビューを飾るミック・シューマッハ(ハース)

さて、前置きが長くなったが、開幕戦バーレーンGPの結果はどうだったか? 結果から言うと、メルセデスのハミルトンが勝利し、2位にレッドブルのフェルスタッペンが入った。結果だけ見ると大方の予想通りなのだが、この結果は例年にない激戦の結果であり、今年のレースがメルセデスとハミルトンの安泰に終わらない内容を暗示させるものだったことは興味深い。予選では、練習から圧倒的に速かったレッドブルのフェルスタッペンがポールポジションを獲得した。メルセデスはお手上げといった感じだったが、レッドブルはそれを真に受けてはいなかったはずだ。メルセデスには秘策があるはずだった。

決勝レースでは案の定フェルスタッペンが逃げ、ハミルトンにとればこれまでの追われるレースから追うレースになった。ところが、レースの戦略は明らかにメルセデスの方が上手だった。純粋なスピードではレッドブルに後れを取ると知ったメルセデスは、タイヤに厳しいバーレーンのコースの特性を知った上で、13周目にハミルトンに性能低下の遅いハードタイヤを履かせ、タイヤの磨耗で苦しむフェルスタッペンを押さえ込む作戦に出た。28周目に2回目のタイヤ交換をしたハミルトンは再度ハードタイヤを履き、残り28周を走りきる作戦を取った。そしてフェルスタッペンのタイヤ交換に乗じてトップに立ち、終盤の戦いに持ち込んだ。いわゆるアンダーカットという作戦だ。だが、レッドブルの速さは際立っており、当初8秒以上あった差はたちまち消滅し、レースが残り4周になった第4コーナーでフェルスタッペンがハミルトンのメルセデスを抜き去った。ゴールは目前だった。

東洋の島国からきた小さな巨人

2021年F1シーズンの開幕戦を優勝したルイス・ハミルトン

ところがフェルスタッペンはハミルトンを抜き去る第4コーナーで、完全にコースの外にはみ出していたのだ。レース審査委員会はそれを違法とし、レッドブルにもとの順位、つまりハミルトンの後ろに戻るように通達、フェルスタッペンはその周のうちに再び2位に。そこから3周にわたって再びふたりの間で激しい攻防戦が繰り広げられたが、結局ハミルトンはフェルスタッペンを押さえきり、見事に開幕戦を手中に収めた。実はハミルトンはこの第4コーナーでは、ずっとコース外にクルマを走らせて周回を繰り返していた。しかし、彼には審査委員会から通達はなかった。理由は、コース外走行で前者(車)を抜き去ることがなかったからだ。単独走行では罰則は適用されなかったということだ。しかし、本来は4輪ともコースからはみ出しての走行は罰則の対象になるはず。このグレーな裁定に首をかしげ、「ゴールポストが動いたようなものだ」と語る向きもあった。しかし、メルセデスの大胆な作戦とハミルトンの見事なドライビングが、彼に96回目の勝利を与えた。

マックス・フェルスタッペンが0.745秒差で2位を獲得

ハミルトンとフェルスタッペンの戦い以外にも、バーレーンGPは見所満載だった。フォーメーションラップで止まったレッドブルのペレスが、その後息を吹き返したクルマでピットレーンからスタートしながら、果敢な追い上げを見せて5位でレースを終えたのは見事としか言いようがない。もし通常のスタートが出来ていれば、レースは異なる様相を見せていたかもしれない。ペレスの前、4位でゴールしたのはマクラーレンのランド・ノリス。ペレスの後ろ6位はフェラーリのルクレール。このふたりの若者からも目が離せない。

そして最も注目を集めたのは、バーレーンでF1グランプリ・デビューを飾った若干20歳の角田裕毅(アルファタウリ)だった。金曜日の練習走行でトップタイムを叩き出し、予選ではタイヤに問題を抱えて13番手に沈んだが、決勝レースではベテランに物怖じしないドライビングで順位を上げ、見事9位入賞で初めてのF1グランプリを終えた。ベッテルのアストンマーチンを抜き去った時の強烈なスピードと的確なドライビングは多くの者を唸らせた。

F1デビュー戦で9位を獲得した角田裕毅

ここ数年の新人ドライバーの中で最高のルーキーだ、と評価するのはF1技術責任者のロス・ブロウン。角田のキャラクターにも注目する。早くも来年はレッドブル加入か、という声もある。最も耳に心地よいのは、世界チャンピオンの器だというものだろう。東洋の島国からきた小さな巨人が、世界を驚かす日が来るのは、そう遠くないのかもしれない。

PROFILE
赤井 邦彦(あかい・くにひこ)

1951年9月12日生まれ、自動車雑誌編集部勤務のあと渡英。ヨーロッパ中心に自動車文化、モータースポーツの取材を続ける。帰国後はフリーランスとして『週刊朝日』『週刊SPA!』の特約記者としてF1中心に取材、執筆活動。F1を初めとするモータースポーツ関連の書籍を多数出版。1990年に事務所設立、他にも国内外の自動車メーカーのPR活動、広告コピーなどを手がける。2016年からMotorsport.com日本版の編集長。現在、単行本を執筆中。お楽しみに。

文・赤井邦彦

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