iPhoneを発表した2007年のスピーチで、スティーブ・ジョブズが「スタイラスを望む人がいるだろうか?」と問いかけたのは有名な話だ。もちろん、ジョブズはこのとき、モバイルデヴァイスの究極のコントローラーとしての「指」の素晴らしさを絶賛したのである。
iPhoneで必要なあらゆる操作は、ペンやマウス、キーボードではなく、人間の指によって同じようにできる──。こうした主張は、2010年に登場した初代「iPad」のときも変わらなかった。
そんなジョブズの記憶があるせいなのだろうか。3月に新型「iPad Pro」が発表された際には、一部で賛否両論が巻き起こった。これは主にマウスとトラックパッドへの対応に関することで、ジョブズのヴィジョンが欠点を抱えていたこと、端的に言って間違っていたことをアップルが認めた、ということのようである。
シンプルでうまくまとまった結論のように思えるかもしれない。だが、真相は違う。iPadは最初からずっと、この方向に向かっていたのだ。
従来のノートPCに匹敵するパワー
新しいiPad Proの特徴は、マウスやトラックパッド、キーボードへの対応だけではない。さらにアップル独自の新しいチップ「A12Z Bionic」を搭載している。新しくなったGPUは「A10X Fusion」の2.6倍の速さだというが、「A12X Bionic」との比較については、アップルは「より速くなった」とするだけで数字を出していない。
それもそのはず。新しいiPad Proは、ひとつ前のモデルから1パーセントしか高速化していないとする報告がある。これではスピードも性能も、顕著な差を感じることは難しい。とはいえ、これは前モデルが強力だったからでもある。パワーの点で、従来のノートPCに匹敵する水準にあることには変わりない。
新しいiPad Proはカメラが新しくなり、超広角レンズが加わった。ただし、この超広角レンズは1,000万画素であり、「iPhone 11」と同じ1,200万画素ではない。また、マイクのスペックが向上し、「スタジオ品質」のマイクを5個搭載するようになった。もちろん、アップルのいうスタジオ品質がどんなものであるのかは、推測するしかない。
「Wi-Fi 6」への対応は喜んでいいだろう。これによりWi-Fiによるデータ通信のスピードが、最大1.2Gbpsに高速化する。これが「MacBook」シリーズより先にiPadに搭載された点も興味深い。
「LiDAR」の実力は……?
とはいえ、新しいiPad Proの重要なポイントは、新たに搭載された「LiDAR(ライダー)」スキャナーと、「iPad OS」での大きな変化だ。LiDARは自律走行車でよく見かけるレーザー光を使ったセンサー技術で、iPad Proでは屋内外で最大5mの範囲にある対象の距離を測定できる。
このことはiPadユーザーにとって、どのような現実的な意味があるのだろうか。まず、LiDARスキャナーを使うことで、ゲームやアプリがつくり出す体験が向上するかもしれない。例えば、開発者はLiDARスキャナーを使って部屋の3Dの位相メッシュを作成し、床、壁、カーテンといった部屋のパーツに特定の機能を自動的に付与できる。
また、周囲の環境に関する計算性能が向上し、拡張現実(AR)のゲームとアプリの起動が速くなる。実際にARに対応したパズルゲーム「ARise」で試してみたところ、ふたつのカメラのほかにモーションセンサーとLiDARが加わることで、ゲームの開始を速めることが可能になるし、実際に速くなった。
旧型iPad Proを使うと、床にブルーボックスが現れてプレイエリアを構築しようとする。それが新しいiPad Proだと、すぐにプレイエリアが見つかる。それだけ聞くと新しいiPadの完勝のようだが、実際はセットアップの時間差はわずかで、とり立てて言うほどの違いはない。
新搭載のLiDARスキャナーは、ARによる「計測」アプリにも関係してくる。より正確に計測できて使い勝手も変わるというが、新旧のiPad Proで実際に計測したところ違いはわずかで、よくなっているかわからなかった。
シンプルな箱形の食器棚をアプリで計測すると、そこにはないパーツに焦点を合わせようとした。これは、センサーの計測によって生成された形状が正確ではなかったということだ。こうしたアプリを正確な測定のために使おうとする人は、せっかくの家具の寸法が合わないトラブルに見舞われてもおかしくない。
ARのエコシステムのために
これらの点は、現在の残念とも言えるARゲームやARアプリの課題である。いまはまだ背負って空を飛ぶ“ジェットパック”のような途上の技術であり、本当に便利なARが手に入るまでには非常に長い時間が必要なのだろう。だが、アップルは気にしていない。このLiDARに関する取り組みは、アップルのARに注力する姿勢を示している。そして、それは賢明な動きである。
アップルは、デジタルアシスタントの競争においては敗北したと言っていい。家庭用のスマートスピーカーで負けたことははっきりしている。お粗末ともいえる「HomePod」は、アップル製品のなかでは愛されていない困った失敗作だろう。
だが、アップルはARにおいては間違いなく最前線にいる。そして長い目で見ると、ARこそが重要な競争の場になる可能性が高い。実際にアップルはARメガネなどのAR関連ハードウェアを開発していることで知られている。LiDARは、この分野の支配を確実にするための新たな一手にすぎないのだ。
アップルがARに賭けている証拠がもっと必要なら、新しいiPad Proは「U1」チップも搭載していることを指摘しておこう。U1チップは屋内で正確な位置追跡を可能にするもので、少なくともファイル共有機能「AirDrop」で方向を検知するために使われている。アップルは、U1について「リヴィングルームほどの空間で機能するGPS」と説明している。
つまり、ソフトウェアが追いつき、AR専用ハードウェアをアップルが披露するときまでに、アップルはARのエコシステムにスマートフォンとタブレットを加える準備をしておきたいのだ。そうしたエコシステムの構築をアップルが進めていることは、明らかと言っていい。
最高のiPad体験
それでは、iPad Proで最も改良された点に話を進めよう。それはiPadシリーズ全体における最大の改良点でもある。アップルはこの数年、タブレット用OSでマウスとトラックパッドを機能させる方法の開発に取り組んでいたが、「iPadOS 13.4」でついに結実した。
こうして対応するマウスやトラックパッドをiPadで使えるようになったわけだが、この体験には世の中の流れを変える力がある。2018年に旧型iPad Proをレヴューした際には、OSによる制約に大きな問題のひとつがあると指摘した。そしていま、開発の成果が現れた。アップルは、「Apple Watch」や「AirPods Pro」のときと同じように、iPad OSの問題を少しずつ解消し、ついに大きな問題を解決するに至ったのである。
iPad Proとトラックパッドをタッチ画面と組み合わせて使うのは、タッチ画面だけの場合よりもはるかにいい。これまでのなかでも段違いに最高のiPad体験だと言いたいところだ。
表示される選択肢を正しく選ぼうとして、画面を突っつく必要はもうない。クリックすればいいのだ。3本指で上にスワイプするとホーム画面に移動するようなその他の対応ジェスチャーも自然なので、数分ではなく数秒のレヴェルで新機能に適応できる。
テキストフィールドのハイライトやスプレッドシートのセルなど、指しているものに応じてカーソルの形が変わるのは心地よく、おかげで何を指しているのか正確に把握できる。すべてが考え抜かれていると言っていいだろう。おなじみではあるが重要なこの機能の追加にアップルがじっくり時間をかけたのも、これなら許されるかもしれない。
いくつかの小さな問題
とはいえ、小さな問題はある。iPadをMacのふたつ目の画面にできる機能「Sidecar」を起動して使う場合、iPad側のトラックパッドやマウスでふたつのディスプレイを行き来することはできない。これは、Macがメインのコンピューターとして扱われるからだ。
また、状況によってカーソルの形が変わる機能は、いまのところアップル製アプリとの組み合わせが多い。例えば「メモ」アプリでは、ゴミ箱にカーソルを合わせるとゴミ箱のアイコン全体がハイライトされる。だが、同じことをしても「Gmail」ではそうはならない。
最も高価なiPadである新しい「iPad Pro」は、ストレージ容量が128GB、256GB、512GB、1TBから選べる。11インチモデルは749ドル(日本では84,800円)から、12.9インチモデルが899ドル(同104,800円)だ。
そんなiPad Proを選ぼうという人は、さらに299ドル(同31,800円)を払って新しい「Magic Keyboard」も求めることが多いだろう。トラックパッドを搭載しているので、マウスを用意しなくていい。それにUSB‑Cポートを備えているので、マグネットで取り付けたiPad Proにパススルーで充電できる。
キーボードとトラックパッドを搭載したタブレットカヴァーへのアップルの参戦は、いつものように遅くなった。それでも、フローティングカンチレヴァー式を採用したデザインはアップルの完勝だ。画面の角度はまさにノートPCのように、0度から130度の間のどの角度にも調整できる。約300ドルという価格も、これでいくらか説明がつくかもしれない。
キーボードはフルサイズでキートップが独立したシザー式になっており、キーストロークは1mmで、バックライトまで付いている。ヒンジの部分にUSB-Cポートがあり、iPad Proをパススルー充電すれば、iPad Pro側のUSB-Cポートは別の周辺機器に使える。
iPadにとって自然な進化
アップルは単に“降伏”したのであり、負けを認めてiPadをトラックパッドとマウスに対応させたのだと考えている人もいるかもしれない。だが、それは大局的な視点からものごとが見えていない。実際のところ、これはiPadにとって自然な進化であり、最初からこの方向へと進んでいたのだ。
デスクトップPCとノートPCから離れ、モバイルコンピューティングへと移行が加速しているいま、それが新しいUIと機能を受け入れて古い機能に別れを告げることだと考えるのも理解できる。だが、実際はそうではない。
かつてマイクロソフトで「Windows」と「Surface」を担当していたスティーヴン・シノフスキーが指摘しているように、「新しい形態の(コンピューターの)進化は、ほぼ常に古いフォームファクターから(機能を引き継いで)改めて追加するという意外なパターンになっていく」のだ。
ノートPCもそうだった。フロッピーディスク、ハードディスク、ポート、ドック、強力なCPUなど、デスクトップPCに特有だったものが少しずつ追加されたのだ。結局、持ち運べるノートPCは、最初にたもとを分かつことになったデスクトップPCの構成要素と基本的に似たものになった。
シノフスキーはまた、PCがサーヴァーへと進化していくとも予想していた。「PCは小さくてあまり複雑ではないコンピューターとしてつくられた。メインフレームの複雑さをあらゆる面で取り除くことで、コンピューティングは手が届きやすい安価なものになった」と、彼は指摘する。
その後、PCがサーヴァーの役割も果たすようになった。メインフレームのユーザーたちは当初、オフィス向けコンピューターと変わらないこうした「サーヴァーPC」を、おもちゃだと切り捨てていたのだ。
10年かかった“再発明”
話を戻そう。タブレット端末はノートPCを“再発明”することになる。だが、それはありふれた感じがする一方で、旧来の機能とUIの使われ方を決定的に変えていく。うまくいけば、その際に機能が改良されていく。
iPadが最初に登場してから10年になるが、iPadがノートPCを“再発明”する兆しはあった。Brydgeのようなメーカーが、iPadをノートPCのように使える金属製のキーボードケースをつくったときから、誰の目にも明らかだったのである。
iPad Proは、既存のノートPCに置き換わろうとしているわけではない。“新しい種類のノートPC”になろうとしているのだ。問題は、ここにたどり着くまでに10年かかってしまったことである。アップルがもう少しペースを上げてくれることを、切に願いたいところだ。
※『WIRED』によるiPadの関連記事はこちら。アップルの関連記事はこちら。
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July 25, 2020 at 12:00PM
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