「これ、なんだと思いますか?」
ウェスタンハットをかぶったカウボーイが踊るように跨るのは、鯉だ。そう、日本画からそのまま飛び出してきたような鯉の上に乗ったカウボーイ。思わず笑みがこぼれる。
「そう、鯉。Kings of Indigoの頭文字を取るとKOI(コイ)だから、デザインに取り入れてみました。なぜこんなことをするのだろうと思ったでしょう。遊びが大事だからですよ。サステナブルファッションには特に」
愉快そうに笑いながらそう話すのは、アムステルダムに拠点を置くデニムブランド「Kings of Indigo(キングス・オブ・インディゴ)」の創業者で社長のTony Tonnaer(トニー・トネー)さんだ。Tonyさんは世界で初めてオーガニックコットンのデニムを売り出したサステナブル・デニムブランド「Kuyichi」のCEOを経て独立、2011年にサステナブルデニムのパイオニア、Kings of Indigoを創業した。Tonyさんにサステナブルなファッションブランドを作る秘訣を聞いた。
変わる人々の目。ファッション業界は今がチャンス
トニーさん:Kings of Indigoは、世界で最も素晴らしい2つのデニムカルチャーをひとつに融合して商品を作っています。私の大好きな、ジャパニーズカルチャーとアメリカンカルチャーです。日本の豊かな文化、歴史、藍染技術と、アメリカの雄大な自然と自由からなる、ウエスタンカルチャーのコントラスト。素晴らしいと思いませんか?
今日着ているシャツの生地は、実は日本のものです。日本のデニム生地は非常にクオリティが高く、素晴らしいものが多い。デニムで有名な児島(岡山県)にも行きましたが、素晴らしかった。時々買い付けることもあるくらいです。日本ではケミカルウォッシュをしないデニムが好まれるので、その点では環境負荷が少ないので良いでしょう。
しかし、ファッション全体でみるとサステナブルなものはまだまだ少ないと感じます。日本人は非常にシビアに高クオリティを追求するのに、自然や人に良くないものを作るのはなぜでしょう?日本でも地震や強大化する台風など、多くの災害が起きていますね。2011年の福島での原発メルトダウンも衝撃的でした。気候変動や原発事故は、私たちの生活を見直し、クリーンなエネルギーの生産・利用を考える大きなきっかけになるのではないでしょうか。
私は17年ほどサステナブルファッションに関わってきましたが、ヨーロッパでは特にこの3年で消費者のマインドが大きく変化したのを感じます。夏は記録を超える猛暑が続き、降るべきでないときに大雨が降り、冬がなくなっている。明らかに、気候がおかしくなっています。窓の外を見れば誰の目にもそれが明らかです。何かアクションを取らなければ、手遅れになるという危機感が人々の中に急速に広がっています。ファッション業界は、今がサステナブルな方向へと舵を切る大きなチャンスでしょう。
サステナブルファッションは真面目で高い?
トニーさん:「サステナブルなファッション」と聞いて、どんな言葉が思い浮かびますか?真面目、難しい、高い。デザイン性・クオリティに劣る。──それは、サステナブルなファッションブランドを考えるとき、業界関係者からよく出る言葉です。でも、これは正しくありません。
人々の心を強く惹きつけるには、もちろん妥協のないクオリティ、デザイン性、価格、サステナビリティが必要です。でも、それだけではいけない。あともうひとつ。私は「遊び心」が大事だと考えています。サステナブルであればあるほど、人は真面目でなければいけないと思うようです。でも真面目すぎるとつまらなく、飽きてしまったり、気疲れしてしまったりします。サステナブルだからシンプルじゃなきゃいけないなんてことはありません。大胆で、つい笑顔になるようなコンセプトを散りばめることで、「真面目」じゃない人たちも選びたくなる魅力的なブランドとなります。私たちの商品がそれを証明していると思いませんか?
作り手も買い手も始めから完璧を目指さなくていい。Tシャツ一枚から始めるサステナビリティ
トニーさん:サステナブルなファッションに舵を切ると言っても、これは作り手にも買い手にも言えることですが、0か100かで考えると急に難しいものになってしまいます。最初からすべてサステナブルで、ファッション性もクオリティも高く、完璧にやろうとすると何もできなくなってしまいます。
シンプルなもの、例えばTシャツから始めるのはハードルが低くていいでしょう。オーガニック素材やリサイクル素材を使ったシンプルな商品から始め、ジーンズに取り掛かるなど、少しずつやるのが良い。コレクションすべてをサステナブルにしなければいけないと考えると、コストや知識など必要なもののハードルがあがって、できなくなってしまう。特に大きな会社は、社内カルチャーを変え、みんなを巻き込み、考え方を変え、商品の作り方を変えていくのには時間がかかります。
自分で現状に疑問を持ってみると、すべてが何かを良くする「チャンス」に見えてきます。今やっていることをすべて、どうやったらもう少しクリーンでフェアにできるか考えてみましょう。刺繍、ウォッシング、素材の作り方、ボタン、パッケージ、輸送方法、オフィスでのエネルギー利用などを、少しずつ。難しい課題もあり、時間と労力が必要となりますが、間違いなく一歩ずつ前に進むことができます。それに、自分たちが作るものに誇りと情熱を持つことができます。誇りと情熱は近年、ファッション業界が忘れてしまっていたことかもしれません。特に量産型のファストファッションは、「もっと」作ることを要求されます。でも、本当はより「良く」作ることが大切だったはずです。大量に消費するのではなく、きちんと選んで長く使ってもらうために。
私はファッション業界で長く働いていますが、始めからこのような考え方だったわけではありません。昔は、もちろん良い工場や魅力的な価格について考えてはいましたが、オーガニックコットンやフェアトレードなど考えたこともありませんでした。前職でCEOを任されたKuyichiというファッションブランドのオーナーはフェアトレードの本を書き、バナナ農園やコーヒー農園から食のサステナビリティを考えた人で、彼との出会いが私を大きく変えました。まだほとんど存在しなかったサステナブルなファッションブランドを作り上げるのは大きなチャレンジでしたが、素晴らしい機会でした。ひとアイテムずつ、ひと工程ずつ変える中で、私自身の考え方もゆっくりと変わっていきました。
特に当時、原材料の生産や加工工場などの生産体制が整っていなかったので、自分でやり方を見つけていくしかありませんでした。説得に多くの時間を費やしましたし、投資も必要でした。でも、今に至るまでに私たちKings of Indigoを始め、数々のブランドが教育、投資、議論を重ねてきたので、現在多くの工場は考え方に共感してくれ、ノウハウを持つサステナブルな生産体制を整えられるようになってきました。リサイクルコットンなどの生地を作れる工場も多い。作る側にとっても、着る側にとっても、サステナブルはもっと「普通」になったと感じます。
Kings of Indigoは、質を下げることなく、社会にとっても環境にとっても持続可能な方法で洋服を作ることを企業活動の目標として掲げる。ファッション産業全体を持続可能な形に導き、消費者がサステナブルにファッションを楽しめる世界を作るというその目標に向けて、着実に前進している。今年1月には完全に植物性の素材だけを用いた「ヴィーガンブランド」への移行を達成。2020年現在、すでに製造販売する製品のうち95%はサステナブルな素材だ。しかしこれに満足することなく、新しいコットンを全く使用しないデニム製造を目指す。現在デニム製造に使用する約15%ほどがリサイクル素材で、残りはすべてオーガニックだ。今後リサイクルコットンの使用率を限りなく高めていくとしている。
また、国外に持つ工場の労働者の働く環境や労働条件を高水準で魅力的なものにし、安全性を担保する施策を次々と確立。歴史的にこれらの人々に搾取的な構造を作ってきたファッション産業に対して、フェアトレードの必要性を示し、基準を作り、推進するFair Wear Foundation(フェア・ウェア財団)の一員としても活動する。
来年には、Kings of Indigoの研究してきた持続可能なファッション素材を情報としてすべての人に共有する「オンライン・サステナブル・ファブリック・ライブラリ」を公開予定だ。さらに、2025年までには、全コレクションの製造過程で一切バージン資源を使わないブランドを確立予定。合わせて、生産の過程で吸収される二酸化炭素量が排出量を上回る「カーボンポジティブ」も達成予定だ。
トニーさん:着るのも同じで、最初からすべて100%環境に良いものだけを揃える必要はありません。今までのお気に入りショップでシャツを買って、Kings of Indigoで何年も着られる環境に良いジーンズを一着だけ買う。それでもいい。今あるものと組み合わせて、自分のスタイルを作る。そこから続けていけばいいのです」
ファッション業界の「ニューノーマル」を作る
Kings of Indigoは、環境負荷が少ない生地を開発し、その作り方を業界関係者向けにオープンソースで利用できるようにする。競合するブランドに手を貸すようにも見えるが、そこにためらいはないのだろうか。
トニーさん:私たちは、ファッション業界全体が持続可能になる必要性とその方法を、サプライ・パートナーや他のファッションブランド、消費者に対してセミナーやトレーニングという形で発信し続けています。気が付かないから『旧来型』のファッションを作り続け、買い続けている人は多くいます。でも、私たちが選ぶもの、作るものによって、環境負荷や搾取の構図に加担せず、なくしていけることを伝えれば、みんなすぐに納得してくれます。すぐに「どうやったらできるのか?」という話になります。こういった情報と知識の共有を続けることで、業界は確実に変わっています。
ファッション業界にとって、クリーンな商品が新しい『普通』になってきているのです。これは、私たちKings of Indigoが一社だけで活動していてもできなかったことです。他のブランドを巻き込み、サプライヤーを巻き込み、消費者を巻き込み、業界全体で変わっていく。ここに私たちの役割があると考えてみます。確かに、新しいやり方を進めていくためには金銭的、人的投資も必要です。しかし、そうして発見したもの、開発したものを他社に公開するのにためらいはありません。業界として変わっていかなければ未来がないからです。それに、素材が一緒だったとしても、同じ社会的意義を持っていたとしても、Kings of Indigoのファッションは私たち独自のものです。
料理に置き換えて想像してみてください。10人が同じ材料を使って料理をしても、10通りの異なる料理ができるでしょう?みんな違う感性で異なるレシピを使うのだから当然です。それよりも、私たちのファッションブランドとしての成功を見て、もっと多くのブランドが後に続いてくれることを期待します。
最後に日本の読者に向けひとことメッセージをくれた。「人にも環境にも良い商品を買ってみましょう。見た目も、着心地も、気分も良いなんて、最高だと思いませんか?」。
Kings of Indigoは、これまで大量の廃棄と汚染、搾取を生み出してきたファッション業界と、気付かずにそれを選び続けていた私たちに大きな疑問を投げかけるとともに、自らが走ることで目指すべき方向を示してくれる。誰かの、そして何かの犠牲の上に成り立つ美しさではなく、心から楽しめるファッションがある、というTonyさんのメッセージは力強く愛にあふれていた。今日からひとつずつでも、私たちにできる選択をしていかなければいけない。
【参照サイト】Kings of Indigoウェブサイト
【参照サイト】Kings of Indigo Social Report 2020
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June 01, 2020 at 06:03AM
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