第88回 有名な移民訴訟─豪州最高裁判決による“本物の豪州人”とは?
2005年8月、豪州最高裁は憲法に従い「“本物の豪州人”ではない“外国人”」を理由に、生まれながら豪州国民であったパプアニューギニア出身の男性から、豪州市民権をはく奪する決定を下しました。この有名な判決は、豪州市民権保有者に、コミュニティーへの完全参加を認めていないことを示しており、豪州に住む多くの二重国籍保有者の法的立場について疑問を投げかけました。
状況
私は豪州の隣国パプアニューギニア(PNG)東海岸沖に位置する島で生まれました。PNGは多様で豊かな文化、歴史、地形を備えた国です。おおらかで友好的な人びと、緑の生い茂った熱帯の景色、地球上で最も地震活動が活発な地域の1つとして知られています。最高裁が下した“本物の豪州人”判決は、歴史的背景から英国中心の見解に傾いている豪州法、特に移住者や市民権に関する法律に関して、地殻プレートの衝突さながら、一触即発の議論を巻き起こしました。
背景
判決にも影響しているPNGの歴史を少しお話ししましょう。1800年代末期、PNGはドイツ領とイギリス領に分かれていました。1906年、イギリス領は1901年にイギリスから独立した豪州に継承され、準州“パプア”となり(「Papua Act」が可決され、豪州管理下となる)、豪州国旗の連邦を意味する六稜星が七稜星になりました。ちなみに豪州国旗にある5つの星は、国土が南半球にあることを象徴する南十字星です。
当時、パプアで生まれた人びとの国籍は、豪州の住民同様、“英国人”でした。第1次世界大戦のベルサイユ条約(1919年6月28日締結)により、ドイツ領ニューギニアはドイツから離れ、豪州の管理下に置かれました。
最高裁の判決に話を戻しましょう。Amos Ame氏は、67年に豪州の管理下にあったパプアで生まれました。48年から75年の間に“パプア地区”で生まれた人は生まれながら豪州国民であることを定めた法律「Nationality and Citizenship Act 1948」の下、Ame氏は豪州の市民権を保有していました。
しかし、豪州国籍であるにもかかわらず、パプアから豪州本土に渡航する際、Ame氏は「Migration Act」に従って入国許可を取得する必要がありました。2005年、ビザの期限が切れて不法滞在となったAme氏は、豪州連邦政府によってPNGに送還されました。この判断に納得がいかないAme氏は、自分は生まれながらにして豪州国民であり、一生、市民権を失うことはないと反論、提訴しました。Ame氏の主張は、豪州国籍を保有する者は、豪州に住む法的権利があり、本人の意思に反して、政府が強制送還するのは間違っている、というものでした。
「Ame’s Case」と呼ばれるこの衝撃的訴訟は、最高裁で、パプアで生まれた人びとは決して“完全な”あるいは“本物の”豪州国民ではなく、1975年にパプアとニューギニアが合併して独立国家となった際、彼らにとって2番目の国籍、つまり豪州市民権は消滅する、という判決が下されました。75年9月16日にPNGが独立国となり、Ame氏はその時点でPNG国籍を保有、“本物の豪州人”ではない彼は、豪州国籍を失う、というものでした。2005年の時点で豪州国民ではなくなっていたAme氏は法的に見て、豪州・コミュニティーの一員でなく、「Migration Act」(外国人の豪州への入国、滞在を認めるビザの法的枠組みを定めた1958年制定の政府法案)に従い強制送還されることになりました。
この判決によって、“豪州市民権”は、豪州に住む権利も含め、豪州のコミュニティーへの完全な参加を保証するものではないことが明らかになり、領有権の行使により、彼らが生まれながら保有していた豪州の市民権さえもはく奪することができる、そして、豪州法の下、制定法的には“国民”であっても憲法上“外国人”として扱われることもあり得るという、何とも強烈な判断でした。
では、アメリカの場合はどうでしょうか。1789年施行の米合衆国憲法(例として)は、市民権を保証しています。憲法修正第14条に従い、アメリカ合衆国の領土内で出生すると、アメリカ合衆国の市民権が付与され、刑罰の行使や出生後すぐかどうかにかかわらず他国へ移住した場合などを除き、生まれながらにして与えられた市民権は一生保証されます。一方豪州では、完全に法律が市民権を作っていると言えるでしょう。
ただし、「Ame’s Case」で出た判決によって、豪州・PNG間で勃発しそうな大問題は回避できました。もしAme氏が訴訟に勝っていたなら、PNGの人びとの多くは豪州人になることを選択していたでしょう。そうなった場合、独立国となったPNGの将来が脅かされていたはずです。
豪州の連邦政府は、憲法51条により“自国と外国”に関する法律を制定する力を備えています。最高裁は、生まれながらAme氏が保有していた豪州の市民権をはく奪する際、Ame氏を“外国人として扱える”と言いました。
■参考文献=「Ame’s Case」(Peter Prince著)
2005年10月27日 Department of Parliamentary Services発行Research Brief Paper掲載
ミッチェル・クラーク
MBA法律事務所共同経営者。QUT法学部1989年卒。豪州弁護士として30年の経験を持つ。QLD州法律協会認定の賠償請求関連法スペシャリスト。豪州法に関する日本企業のリーガル・アドバイザーも務める。高等裁判所での勝訴経験があるなど、多くの日本人案件をサポート
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