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Saturday, November 19, 2022

【レビュー】「昔」と「今」、重なっていく記憶とイメージ。――東京国立近代美術館で「大竹伸朗展」 - 読売新聞社

大竹伸朗展
会場:東京国立近代美術館(東京都千代田区北の丸公園3-1)
会期:2022年11月1日(火)~2023年2月5日(日)
休館日:月曜休館、ただし1月2、9日は開館。年末年始(12月28日~1月1日)と1月10日は休館
アクセス:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口から徒歩3分
観覧料:一般1500円、大学生1000円、高校生、18歳未満、障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料
※愛媛県美術館(2023年5月3日~7月2日)、富山県美術館(8月5日~9月18日)(仮)に巡回予定
※詳細情報は展覧会公式サイト(https://www.takeninagawa.com/ohtakeshinroten/)で確認を。問い合わせはハローダイヤル(050-5541-8600)へ

日本の文化・芸能・スポーツ界で、「1955年生まれ」は一大ブランドである。
鳥山明(漫画家)、江川卓(野球選手)、千代の富士(大相撲第58代横綱)、中野浩一(競輪選手)、十八代目中村勘三郎(歌舞伎俳優)、明石家さんま(タレント)、野田秀樹(劇作家/演出家)、郷ひろみ(歌手)、黒沢清(映画監督)、所ジョージ(タレント)、竹内まりや(歌手)、松山千春(歌手)……。
鳥山氏の『ドラゴンボール』は、日本のマンガを世界に知らしめるきっかけとなった作品の一つだし、江川氏や千代の富士関はまさにその時代のアイコンだった。日本の小劇場演劇を世界の演劇と結びつけたのは野田氏の功績だし、竹内まりや氏は、夫となった山下達郎氏とともに、日本のポップミュージックに新たな潮流を創り出した。
単に「有名」なだけでなく、時代を画した「レジェンド」を多数輩出しているのだ。

東京国立近代美術館のテラスに設置された《宇和島駅》(1997年、各190×90×180cm、作家蔵)。その前で撮影に応じる大竹伸朗氏

美術の世界で「1955年生まれ」というと、まず名前が挙がるのが、この展覧会の主役、大竹伸朗氏だろう。1980年代初頭に活躍を始めた大竹氏は、絵画からコラージュ、アッサンブラージュ、インスタレーション、音に至るまで、多彩な手法で幅広い作品を生み出してきた。〈通史的には、1980年代末期の日本で顕在化した「ネオ・ポップ」と呼ばれる活動の源泉として、あるいは空前の好景気(バブル期)を背景に巨大化した文化産業を後ろ盾とする日本的ニュー・ペインティング現象の代表として、主に語られてきた〉と、本展図録の『テキスト+資料』の中で東京国立近代美術館の成相肇・主任研究員が書いている。ドクメンタ(2012年)とヴェネチア・ビエンナーレ(2013年) の二大国際展に参加するなど、海外でも高い評価を得ている大竹氏。開館70周年を迎える東京国立近代美術館でのこの展覧会は、2006 年に東京都現代美術館で開催された「全景 1955–2006」以来となる大規模な回顧展だ。

《男》(中央、1974-75年、165×83×53㎝、富山県美術館蔵)などの展示風景

展覧会は、「自/他」「記憶」「時間」「移行」「夢/網膜」「層」「音」の7つのテーマに基づいて構成されている。制作年代にこだわることなく約500点もの作品が並べられている展示会場、まず目に留まるのが上に挙げた《男》の像である。1970年代後半、ロンドンで興ったパンクムーブメントを連想させる人物は、若き日の大竹氏の姿なのだろうか。この部屋に並べられた《ミスター・ピーナッツ》などの作品には、ギターや風景、自画像など、おそらく若き日の大竹氏の心の中にあっただろう様々なイメージが刻み込まれている。

《ミスター・ピーナッツ》(左端、1978-81年、91×72.5cm、個人蔵)などの展示風景

大竹氏は、「全く0の地点、何もないところから何かをつくり出すことに昔から興味がなかった」という。つまりそれは、大竹氏の創り出すものは「既にそこにあるもの」と氏自身が呼ぶ「他者のイメージ」を生かしたものだ、ということだろう。7つのテーマを追いながら、その作品を展観していくと、徐々にその意味が分かってくる。様々な印刷物のコラージュ、他者の創作物を切り貼りしたスクラップブック……、「他者のイメージ」を「網膜」に焼き付けて、ひとつの「記憶」として「時間」の中で熟成させながら大竹氏が生み出した新たなイメージが、そこにはある。人間という存在、その存在が創り出す表現は、過去、現在の他者との関係なしではあり得ない。そんな思いが、見ている側にも浮かんでくる。

《東京―京都スクラップ・イメージ》(1984年、203.4×1622cm、公益財団法人 福武財団)の展示風景

「過去」や「社会」と「自分」との対峙。考えてみれば、これも「1955年生まれ」の「レジェンド」たちに共通する傾向だろうか。例えば、明石家さんま氏のスタートは「落語」という伝統社会への弟子入りだった。十八代目中村勘三郎丈は日本の代表的な伝統芸能である歌舞伎界で育った。だが、さんま氏は古典落語を演じるのではなく、テレビという新興メディアに活躍の場を求めた。十八代目勘三郎丈も古典歌舞伎を継承したうえで、野田秀樹氏とのコラボで数多くの新作歌舞伎を創作し、さらに海外へと公演の場を広げた。つまり、この二人は「自分たちを生み育ててきた過去の日本」を理解し、吸収し、ベースとしながらも、「現代」とどう対峙するかを考え、「過去」から逸脱し、自らの手で「新たな世界」を切り開いていったのである。《宇和島駅》のネオンサインを保存し、道後温泉本館の保存修理活動に手をさしのべる大竹氏の活動にも、さんま氏や勘三郎丈らと共通する匂いを感じるのは、筆者だけだろうか。「1955年生まれ」の「レジェンド」たちの仕事は、日本の「昔と今」をつなぐハブの役割をしているのではないだろうか。

展示されている《モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像》=2012年、Demensions Variable=

そういう眼で見ると、《モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像》の「自画像」という言葉が、より深い意味を持ってくる。キャンピングカーと小さな小屋、そこに詰め込まれたものがいくつもの「層」を織りなす「記憶」と「時間」。「モンシェリー」は大竹氏が暮らす宇和島に昔あったスナックの名前であり、その看板がこのインスタレーションに使われているのだという。過去があってこそ、現在も未来もあるのだ。そしてその風景の「記憶」には、作者自身の心の歴史が詰め込まれているのだ。

そういう「記憶」の「層」が、また違った形で表されているのが、《網膜(ワイヤー・ホライズン、タンジェ)》、《家系図》といったアッサンブラージュ作品だろう。様々なイメージが格子のように貼り付けられた《網膜(ワイヤー・ホライズン、タンジェ)》からは、われわれの心はしょせん「過去という格子」の中にあるのではないか、という思いが生まれる。その格子の向こうには、われわれ自身が気付かない潜在意識や超自我というものがうごめいているのかもしれない。《家系図》は、中央に「聖なる布」を置いた「祭壇」のようだ。直接の先祖、間接的な先達、様々な人間の営みがあって今に生きるわれわれがいる。そんな連想が浮かんでくる。

展示されている《網膜 (ワイヤー・ホライズン、タンジェ)》(1990-93年、274×187×20cm、東京国立近代美術館)
展示されている《家系図》(1986-88年、265×265×20㎝、セゾン現代美術館)

大竹氏が積み重ねる「層」の素材は音も含んでいる。1980年代の前半から、ロンドンと日本を行き来しながら、大竹氏は様々な「音」と関わってきた。ステージそのものを作品化した《ダブ平&ニューシャネル》(1999年)は、その一例だ。1970年代以降、ワールドワイド化し、表現の幅を広げていったポップミュージック。パンク/ニューウェーブのムーブメントの後、特にロンドン、ニューヨーク、東京などの巨大都市のアンダーグラウンドでは、フリージャズや前衛音楽とともに、ノイズミュージックはアートシーンと結びついていったのである。デストロイ・オール・モンスターズ、ジョン・ゾーン、ビル・ラズウェル、ワイヤー……『テキスト+資料』の中で、大竹氏とその「音」の周辺に出てくるこれらの名前。それを見ていると、同時代の「とんがった」音楽が好きだった身としてはとても懐かしい。

展示されている《ダブ平&ニューシャネル》 (1999年、公益財団法人 福武財団)

もはや戦後ではない――

あまりにも有名なこの一節が記されたのは、1956年度の「経済白書」の序文だった。「1955年生まれ」の「レジェンド」たちが生を受けたのは、まさに日本が太平洋戦争という「過去」と決別し、高度成長期に入ろうとしていた時代だった。大竹氏ら「レジェンド」たちはさらに「安定成長期」「バブル経済期」を経て、日本のアニメが世界を席巻する「ウィズ・コロナ」の時代を生きているのである。そこで人々は何を見て、何を感じたのか。そして、何を作り上げ、何を未来に伝えようとしているのか。大竹氏の展覧会は、そのひとつの象徴ともいえるべきものだ、と思うのである。

(事業局専門委員 田中聡)

展示されている《残景 0》(2022年、212×161×16cm、作家蔵)

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