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Tuesday, October 4, 2022

「パクチー銀行」で人と地域を盛り上げる 理想のコミュニティーを創造 - Nikkei Business Publications

一日平均乗降客数が100人台であるローカル線の駅前にある「パクチー銀行」が注目を集めている。東京湾に面する千葉県の内房エリアにある、本物の銀行跡地で行う「パクチー銀行」の活動の中心は、パクチーの種の“無担保融資”。同銀行の“頭取”を務める佐谷恭(さたに・きょう)さんは、2010年代に盛り上がって定着したパクチーブームの立役者だ。パクチーを軸に、無店舗の飲食営業、地域を活性化するランニングイベント、廃材を利用した内外装素材づくりの産業化など、多様な取り組みを通じて、人や地域をつなぐ。その活動を取材した。

 千葉県南部、東京湾に臨む鋸南町(きょなんまち)は、ロープウェーのある鋸山(のこぎりやま)、高さ31メートルの大仏が有名な日本寺(にほんじ)などの人気スポットがある観光地である。

 古くは、石橋山の戦いに敗れた源頼朝が再起をはかった地として知られる。江戸後期から明治期にかけては景色の美しい保田(ほた)海岸に小林一茶、夏目漱石、徳富蘆花、若山牧水らの文人が保養のために訪れた。江戸期の有名な浮世絵師・菱川師宣もこの地の出身だ。

 しかし、観光や歴史の魅力がある一方で、全国の他の地域と同様に、抱える問題は少なくない。特に少子高齢化の進行は深刻で、約7000人の人口もじわじわ減り続けている。

 その鋸南町に、2022年1月、“世界初”のコンセプトとなる“銀行”の実店舗がオープンして話題を集めている。その名も「パクチー銀行」。JR東日本、内房線・保田駅前の元は実際に銀行だった建物で営業しており、店頭には金属製の看板が掲げられ、店内には分厚い扉に守られた堅牢な金庫がある。

JR東日本・内房線、保田駅前のパクチー銀行看板(写真:栗栖誠紀)

JR東日本・内房線、保田駅前のパクチー銀行看板(写真:栗栖誠紀)

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 「パクチー銀行が“無担保で融資”するのは、パクチーの種です。融資といっても、実質は無償提供で、返却の必要もなければ、もちろん利息もありません。種を欲しい人がここに来れば、喜んでお渡しします。種を自宅のベランダや庭などに植えると、パクチーが育ちます。そうしたら、おいしく食べてください。写真をスマートフォンで撮ってSNSにアップしてくれたらうれしい。とにかく、パクチーを広めてもらえれば。僕はこの活動を2007年から続けています」

 そう話すのは、パクチー銀行の頭取、佐谷恭さん。パクチーとは、言うまでもなく、エスニック料理などに使われる緑の香味野菜のこと。

佐谷さんが筆者とカメラマンに無担保融資をしてくれたパクチーの種(左)と、パクチー銀行のビルのそばで育つパクチー(右)(写真:栗栖誠紀)

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佐谷さんが筆者とカメラマンに無担保融資をしてくれたパクチーの種(左)と、パクチー銀行のビルのそばで育つパクチー(右)(写真:栗栖誠紀)

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佐谷さんが筆者とカメラマンに無担保融資をしてくれたパクチーの種(左)と、パクチー銀行のビルのそばで育つパクチー(右)(写真:栗栖誠紀)

 カフェスタイルの店内は、広いキッチンの手前に立ち飲みカウンター、テーブル席があり、雰囲気はゆったりしている。アートを展示するスペース、古本販売コーナーなど、文化発信の仕組みもあるのも特徴だ。東京都世田谷区と2拠点生活を行う佐谷さんが、ここで、週末を中心に営業を行っており、さまざまな人が訪れる。イベントも頻繁に行われ、にぎわいを生んでいる。

 店の内外装に使われているアート感を持つ素材は「SOTOCHIKU(ソトチク)」という。雨風や錆(さび)などで経年変化した古民家や店などのパーツを、アート感たっぷりにリニューアルしたオリジナル商品だ。商業施設やオフィスなどの設計と施工を行う企業、グリッドフレーム(東京都港区)が開発したもので、パクチー銀行はそのショールームでもある。

パクチー銀行内のカフェスペース。後方の壁を埋めるのは鋸南町内の古民家の土壁を利用した「SOTOCHIKU」(写真:栗栖誠紀)

パクチー銀行内のカフェスペース。後方の壁を埋めるのは鋸南町内の古民家の土壁を利用した「SOTOCHIKU」(写真:栗栖誠紀)

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 「ここにある『SOTOCHIKU』素材は、最終的には東京都内の店舗や家などに納品されます。鋸南町には古民家が多く、2019年に全世帯の7割が被災した台風の影響と高齢化で空き家も増えています。そんな状況のなか、『SOTOCHIKU』を産業として育てていければ、鋸南町を活性化する柱の一つになると思っています。鋸南町で『ゴミと思われていたもの』が『宝』となり、都心や世界に『輸出』される流れが活発になるとうれしい」

 佐谷さんは他にも、鋸南町ふるさと応援団のメンバーとして、地域に注目を集める活動をいくつも行う。

 最近話題になったものでは、源頼朝にちなんだランニングイベントシリーズの「安房(あわ)ウルトラシャルソン」がある。シャルソンとは、「ソーシャル」と「マラソン」からなる佐谷さんの造語で、2012年に佐谷さんが始めてから全国各地に広がっている。

 源頼朝は治承4年(1180年)8月29日に鋸南町竜島(りゅうしま)に上陸して各地を巡ったとされており、この安房ウルトラシャルソンでは、頼朝の痕跡があるとされている場所のうち60ヵ所を回る。佐谷さんも率先して参加し、2022年は8月29日〜9月2日の5日間で、230キロを走破。合計21人の参加者が、鋸南町だけでなく安房地域の風景や史跡などを体感した。その様子が多くのメディアに取り上げられ、地域の魅力を広く発信した。

 パクチーの種を配って広めるだけにとどまらない佐谷さんの活動。まずは、その「パクチー人生」を振り返っておきたい。

佐谷恭(さたに・きょう)氏。幼い頃から積極的に国際交流をし、京都大学総合人間学部在学中の19歳から旅を始める。現在までの訪問国数は約50カ国。2004年、「旅と平和」をテーマにした論文で、英国ブラッドフォード大学大学院(平和学専攻)を修了。富士通、リサイクルワン(現レノバ)、ライブドアを経て2007年8月9日に株式会社旅と平和を創立し、代表取締役に就任。なお、「パクチー人生」で整理すると次のようになる。2005年「日本パクチー狂会」を旗揚げ。2007年1月1日、「パクチー銀行」を創設。2007年11月20日、世界初のパクチー料理専門店「パクチーハウス東京」を設立。2017年12月11日、89日後に「無店舗展開」を始めると宣言。89日後の2018年3月10日、パクチーハウス東京(世田谷区経堂)を閉じ、パクチーハウスを開始(無店舗展開)。2022年1月1日、「パクチー銀行」をリアル店舗化。2022年7月14日「全国銀行跡地協会(JBA)」を設立、代表理事に就任(写真:栗栖誠紀)

佐谷恭(さたに・きょう)氏。幼い頃から積極的に国際交流をし、京都大学総合人間学部在学中の19歳から旅を始める。現在までの訪問国数は約50ヵ国。2004年、「旅と平和」をテーマにした論文で、英国ブラッドフォード大学大学院(平和学専攻)を修了。富士通、リサイクルワン(現レノバ)、ライブドアを経て2007年8月9日に株式会社旅と平和を創立し、代表取締役に就任。なお、「パクチー人生」で整理すると次のようになる。2005年「日本パクチー狂会」を旗揚げ。2007年1月1日、「パクチー銀行」を創設。2007年11月20日、世界初のパクチー料理専門店「パクチーハウス東京」を開店。2017年12月11日、89日後に「無店舗展開」を始めると宣言。89日後の2018年3月10日、パクチーハウス東京(世田谷区経堂)を閉じ、パクチーハウスを開始(無店舗展開)。2022年1月1日、「パクチー銀行」をリアル店舗化。2022年7月14日「全国銀行跡地協会(JBA)」を設立、代表理事に就任(写真:栗栖誠紀)

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