テレビ新広島
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朝の情報番組「ひろしま満点ママ」が出会ったがんばる人を応援するコーナー。今回は伝統文化を受け継ぐ人たちに注目します。手掛けているのは「編み笠」づくり。備後地方の特産品にこだわる思いに迫ります。
なれた手つきで編んでいるこちら。一体何かわかりますか?
(岡田菊枝さん)
「これはな、浪人笠いうんだけど、深編笠と言ったり、色々呼び方があるらしいけどね」
そう!作っていたのは時代劇に出てくる編笠。尾道市高須町の岡田菊恵さんは、こうした編笠を作る、日本でも数少ない職人です。
(岡田菊枝さん)
「色んな笠を作ってきたよ。虚無僧笠と浪人笠が多いですよ。竹ひごをいれてな。今私は84でしょ。ここに27の時に来て初めて姑さんから習った」
この高須町周辺は、昔から笠づくりが盛んな場所でした。
(岡田菊枝さん)
「この辺りは内職で踊り笠などを作っていた。ああいうのはたくさん作っていた。年寄がな。竹ひごを入れたのはうちのおじいさんがはじめたらしい。私が3代目だからね」
半世紀以上も磨いた腕前。簡単な図面があればどんなものでも作れると言います。
(岡田菊枝さん)
「こうやって紙で注文が来るけどいい加減なんよ。書いている絵がね。みんないい加減なの。私らがそれに合わせてる来る。そういうことは長年しないとわからない」
岡田さんが作る「編笠」。その材料となるのが、「イグサ」です。備後の畳表に代表されるイグサ製品は、備後地方の特産品。広島県藺業協会の寺本さんにその歴史を伺いました。
(広島県藺業協会・寺本康雄さん)
「備後のイグサの記録をたどっていくと675年の歴史がある。歴史的なものということになると、織田信長が安土城を築城した時に備後畳表を御用表として床の間に敷かせていただいた。そして豊臣秀吉、徳川家康、江戸城など、それから宮中にも納めさせていいただいたという歴史があります」
高級畳表の産地として栄えてきた備後地方。ではなぜ、編笠作りも行われていたんでしょうか?
(寺本康雄さん)
「イグサというのは長さ約1メートル50センチから60センチ。その中の1メートル20センチくらいのものを畳表に。それ以下のものは円座とか編み笠といったものに使われていた」
こうした笠づくりの歴史を岡田さんは受け継いできたんですね。しかし、30年ほど前に、浪人笠や虚無僧笠を作ることができるのは全国でも岡田さん、ただひとりになってしまいました。そこで、広島県藺業協会は10年前に、後継者を募集することにしました。その時、手をあげたのが、福山市神辺町の小林睦子さんです。
(小林睦子さん)
「それまで編み笠は時代劇で浪人、虚無僧を見るくらいで身近にはなかったですけど、モノづくりが好きなので、ちょっとやってみたらスゴイ世界でした。奥が深いというか」
軽い気持ちで始めた笠づくり。今は、主に阿波踊りや流鏑馬で使う笠などを作っています。
(小林睦子さん)
「早く上達しなきゃ、みたいな。で、浪人、虚無僧笠はまだまだ私は修行中で、去年からやり始めたんですけど、うまく出来なくて、常に修行でしょうか」
近年、値段の安い中国産が大半を占める編笠。産地ならではの上質な作りを誇りに、2人で日本の伝統文化を支えています。
(小林睦子さん)
「微力ながら備後のイグサはいいですよ、と、笠の方からも言いたいですね」
(岡田菊枝さん)
「こういう仕事をしてると、ある虚無僧買われた人が手紙を送ってくれるんですよ。そういうのを観たら本当にうれしいな。やっぱり、私を思ってくれているのかなと思って…」
日本の景色を彩る笠。その伝統を受け継ぐ日は、備後地方でひっそりと、しかし、確かに受け継がれていました。
からの記事と詳細 ( 備後特産のイグサで編笠作り 伝統の技術をひっそりと、確かに受け継ぐ女性 【尾道発】 - www.fnn.jp )
https://www.fnn.jp/articles/-/270471
確かに

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