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Friday, April 30, 2021

名サーキットには何が必要か?──F1サーキット・デザイナー、カーステン・ティルケ博士とF1ドライバーたちに訊く - GQ Japan

サーキットの作り方

日本には、鈴鹿サーキットや富士スピードウェイなどのF1級のレースサーキットがある。そして、2022年末には千葉・南房総に、それらと並ぶほどの画期的なサーキットが生まれる予定だ。THE MAGARIGAWA CLUBという会員制のプライベート・サーキットがそれで、レース界では有名なTilke Engineers & Architects(ティルケ・エンジニアズ・アンド・アーキテクツ)によって設計されたので、エンスージアストからの期待度が高まっている。

ドイツのこの設計事務所は、MAGARIGAWAを白紙状態からデザインし、全長3.5kmのコースに、22のターンを配し、コースの高低差は80mにもおよぶ。しかも、少なくとも3つのブラインドコーナーを入れ込んでいる。

シミュレーターから見たコースの様子。

東京湾が見下ろせる場所に位置するコースには800mの直線部分もあり、そこでは250km/h以上の速度を出せるであろう、と開発を手掛けるコーンズ・アンド・カンパニー・リミテッドは言う。周辺の山を削ってコース建設は進められており、完成までには1年半以上を待たなければならない。しかし、会員がコースを覚えるためのバーチャルコースはすでに運用されている。イタリアのクノス社製のゲーム・コンソールに仕込まれたもので、筆者はこのバーチャル・トラックを走る機会に恵まれた。ヘアピンのコーナーや複数の上りブラインドコーナーへの慣れには時間がかかるが、かなり複雑で走り甲斐がある楽しいコースに仕上がっていると思った。

ピットビルディングの完成予想図。最大36台までピットイン可能で、空調設備完備。給油ステーションもある。

さて、名サーキットを作るには何が重要なのか? それはサーキットのデザインなのか? 周辺の環境との調和なのか? それとも、有名な国際レーシングドライバーの評価やアドバイスなのか? あるいは、そのすべてが絡んでいるのか?

その答えを求めて、現代のF1とMotoGPのサーキットをデザインするTilke Engineers & Architects(以下、ティルケ社)の社長、カーステン・ティルケ博士に訊いてみることにした。また実際、どこのサーキットのどのコーナーが走り甲斐があるのか、トップドライバーの視点からも見てみようと思い、2016年のF1王者ニコ・ロズベルグと、元F1とル・マン24時間のドライバーで、英国の人気クルマ番組「Fifth Gear」の司会者でもある、ティフ・ニーデルに話を聞いてみた。

中央がクラブハウス。右側の棟はピットビルディング。

ティルケ社は、1984年にカーステンの父親で、ニュルブルクリンク24時間レースへの参戦経験があり、土木技師でもあるハーマン・ティルケが設立した。以来、全世界でなんと19のF1サーキットをデザインした実績をもち、スペインのバレンシア、ロシアのソチ、アメリカのCOTA、マレーシアのセパン、トルコのイスタンブール、中国の上海、ドイツのホッケンハイム、そして日本の新・富士スピードウェイなどが、そこに含まれる。

「依頼の多くは各国の政府からのものです。その国の初のF1レースの開催に間に合うように、サーキットをデザインし、完成させました」とカーステンは語る。「2輪も4輪も競争するサーキットに付随する施設も合わせて、締め切りの期日までに完成させるわけですが、例えば観客7万人のサーキットのグランドスタンドなども、そこには含まれるのです」。レース・コースだけをつくるのではないということだ。

クラブハウスがあり、バーラウンジやレストランもある。

また、F1だけでなく、2輪のMotoGPのレースも可能なサーキットにして欲しい、という要望があれば、それにも応じるが、「MotoGPのレースにも対応できるデザインにするとしたら、コースアウトしたモーターサイクルを減速させる工夫を凝らし、ライダーの安全を守るグラベル・ゾーンを広げるなどをしなければならない」という。いっぽいう、F1のレース・コースだけであれば、コーナーの外側はグラベルではなく、クルマのダメージを極限まで減らせる特殊なアスファルトで舗装すればよい、という。

顧客からのリクエストには、どんなものがあるのだろうか?

「やはり、ドライバーのスキルを最大限に試せる追い越しゾーンや連続コーナーを作ってほしいということ、そして、優れた設計のピットエリアや最先端の施設のあるグランドスタンドなどをデザインしてほしい、と要求されます」

カーステンは、さらに、「素晴らしいコーナー」とはどういうコーナーなのか、ということにも言い及んだ。「素晴らしいコーナーというものは、コーナーそれじたいの形状や起伏が大事なのはもちろんですが、そのコーナーに入る前から抜けた後までの流れのなかで、できる限りドライバーのテクニックを試せるようになっているものであることが必要です」。

とはいえ、ひと口に「流れのあるよいコーナー」といっても、そこを走るクルマの性能しだいで、素晴らしくもあれば、それほどでもない、ということにはならないか。

「そうですね。一例をあげれば、ベルギーのスパ・フランコルシャンの『オールージュ』という有名なコーナーは、強力なダウンフォースを受けて全開で駆け抜けるF1マシンのドライバーにとっては、あまりコーナーという感じはしませんが、しかし、F1マシンほどのダウンフォースがない市販車ベースのレースカー・ドライバーや2輪のレーサーから見ると、そこはちゃんとブレーキを踏んでマシンを安定させてからコーナーに進入しなければ速くは走れないコーナーになります」と言うのは、ティフ・ニーデルだ。

天然温泉やフィットネスジム、25mプールなどウェルネス施設も充実している。

コーナー論議

ティルケ社長自身が絶賛するもうひとつの有名なコーナーは、同社がデザインしたトルコ・イスタンブール「インターシティ」の、左コーナーが4つ続くターン8だ。元F1チャンピオンのニコ・ロズベルグが同コーナーの大ファンだそうだ。

「このコーナーに入るときは、1回ハンドルを左に曲げたら、その角度を一定にして4つの左コーナーを駆け抜ける必要があります。つまり、ステアリングの角度がピタッと決まったら、その角度を保ったまま、4つのコーナーをひとつのコーナーとして走ることができるわけです。そう走ることによって、マシンの最も高い速度を保てます。新しいサーキットを作るときは、このようなスリリングなコーナーを加えてほしいと思いますね」と、ニコは述べた。

いっぽう元F1やルマンのパイロットであるティフ・ニーデルは、「僕もスパのオールージュが大好きですが、やはりモナコのコースよりチャレンジングなサーキットはないと思っています」という。「ティルケ社が手掛ける新しいサーキットなら、モナコのようなコーナーを再現して欲しいですね。例えば、左コーナーの『マセネ』から攻めて、右コーナーの『カジノ』を過ぎ、そして『ミラボ』のタイトな右コーナーへつながるセクションは最高! 新コースをデザインする時は、ドライバーの実力が思い切り試されるこういうセクションを入れて欲しいですね」と語る。

THE MAGARIBA CLUBのコースのシミュレーター。

THE MAGARIGAWA CLUB

ティルケ社が東京からクルマで60分ほどかかる南房総に建設中の「THE MAGARIGAWA CLUB」は、そういうトリッキーなセクションを誇る。僕は、アセット・コルサ製のゲーム・コンソールで、建設中のこのサーキットのバーチャルコースを全開で走ってみたけれど、4秒で3回方向を変えるヘアピンのコーナーや、右コーナーが3回続く上りのセクションは本当に挑戦的だった。

ニーデル氏もそう感じたようだ。そのホットラップの動画を同氏に見せたら「コーナーがかなり多いし、コース幅が狭いと思います。上りのセクションはコーナーだらけで、ドライバーの我慢が必要ですね」と、コメントした。

そのコメントを、ティルケ社長は、意外や喜んだ。

「そのとおりです。2022年にオープン予定のMAGARIGAWAはF1用には作っていません。だから、F1サーキットみたいに10m以上のコース幅を作る必要はないし、しかもF1マシンほど速いクルマが走らないので、アマチュア・ドライバーの技術を試す細かいコーナーを多く入れられるのです。また、ここはメンバー制のプライベートコースなので、メンバー所有のスーパーカーなどしか走りませんから、エスケープゾーンはグラベルではなく、クルマを傷めないアスファルトなんですよ。だから、他のF1サーキットとは違って、ここMAGARIGAWAでは、私たちデザイナーはドライバーにとって楽しいワインディングコースを作って、他のコースでは提供できない施設やサービスも用意しました」

ティルケ氏が言うには、F1サーキットのデザイン依頼数には波がある一方で、MAGARIGAWAや、ドイツの「ビルスター・ベルグ」、そしてニューヨーク近辺の「モンティチェッロ」などのようなプライベート・コースをデザインして欲しいと言う顧客は増えていると言う。「これからは富裕層向けのプライベート・サーキットが増えると思います。やはり、これからさらに排ガス規制が厳しくなっていけば、スーパーカーは段々と一般道で走れなくなり、同時に自動運転車が増えていけば、ますますスーパーカーやスポーツカーがちゃんと走れる道路は減るでしょう。こういうプライベート・サーキットに投資する会社や人が増えていくかもしれませんね」。

ティルケ社長は最後にこういった。

「半世紀前よりも乗馬をしたいと言う人は増えているそうです。乗馬が流行になってきているのと同様に、近い将来、たくさんの自動運転車が走行する道路環境になった場合、ドライバー自らクルマを思うがままに操ることができるプライベートサーキットの需要はますます増えると思います。だから、MAGARIGAWAみたいなコースの需要と重要性は増す一方でしょう」

これからはサーキットが増えていく時代のようだ。

INFORMATION

THE MAGARIGAWA CLUB
住:千葉県南房総市
URL:www.magarigawa.com
※オープンは2022年末

文・ピーター・ライオン

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