ウーバーイーツ配達員の過酷な労働実態。ウーバーの仕組みに問題はないか。
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東京都がウーバーイーツなどのフードデリバリー配達員の配達バッグに個別の番号表示を求めていく方針を示したことが物議をかもしている。
発端は3月9日、都議会予算特別委員会だ。「都民ファーストの会」の議員がこう質問した。
「目立つようになりましたのが自転車などで危険走行を伴う一部の配達員であります。問題は危険走向を見つけても(自転車は)車などと違ってナンバーがないため通報できないというようなことであります。例えば配達バッグなどにナンバーを付けるように促すべきと考えます」(東京都議会録画映像より)
これを受けて都の幹部が事業者や業界団体と協議する場を設け、配達バッグへの番号表示を求めていくことを明らかにした。
一方、配達員からは「番号を振るとSNSなどにあげられる」と、反発やプライバシーの侵害を恐れる声も上がっている。
通報、SNSでの拡散……番号制のもたらすリスク
ウーバーイーツに求められる番号制。配達員からは「SNSなどにあげられる」とプライバシーの侵害を恐れる声も上がっている。
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確かにコロナ禍の需要の高まりで配達員が急増し、交通ルールを守らない配達員の映像がメディアでも報じられている。しかし、背番号をつけるということは「危険走行などをした配達員を通報できる」ことも意味する。
もちろんひき逃げなど悪質な事例はその必要があるかもしれないが、事故の場合はどちらに原因があるのか見分けがつかないケースも多い。
目撃者や事故の当事者が一方的に通報すれば、配達員に悪影響を及ぼすことになる。ましてやSNS上で画像が出回るとハラスメントや人権侵害に発展しかねない恐れもある。
さらに問題なのは、背番号制がフードデリバリーの配達員に限定するなど、ある業種を狙い撃ちにしていることだ。そうなると配達員のハラスメント被害を、より助長することになりかねない。
世界はハラスメントにもっと敏感
日本では顧客からイジメを受けるカスタマーハラスメントが話題になっているが、ILO(国際労働機関)は2019年6月に「仕事の世界における暴力とハラスメントの撤廃に関する条約」を採択。
あらゆる労働者が身体的・精神的・性的または経済的害悪を受けるハラスメント行為を禁止し、被害者の保護と加害者への制裁を求めている。
この労働者には雇用されている人だけではなく、フリーランスなど個人事業主も入る。ましてや契約の当事者であるフードデリバリー事業者が(この場合はウーバーイーツ)ハラスメントを引き起こしかねない施策を行うことは、自重すべきだろう。
一度でも事故れば取引停止
ウーバーイーツは一度でも事故を起こせばアカウント停止、という強い「突き放し」があると伺わせる事例も。
GettyImages/ Tomohiro Ohsumi
実は「危険走行」に関しては別の重大な問題がある。
配達員が一度でも事故を起こすと、配達員用アプリのアカウントが停止される可能性があるのだ。
ウーバーイーツの配達員の労働組合であるウーバーイーツユニオンの土屋俊明委員長は、2019年7月に発生した自身の体験をこう語る。
「雨天時にバイクでスリップ事故を起こした。車にぶつかったわけでもなく、物を壊したわけでもなく打撲や擦り傷を負ったが、それでも配達は無事に終えた。治療で2週間休んだが、ウーバーに事故を起こした時に連絡するように言われていたので、フォームに入力し、送信した。その後ウーバーから連絡が来て、次に同様のことがあればアカウントを停止すると言われた」
土屋氏が受け取ったウーバーの文面は以下の通りだ。
「土屋様、ウーバー事件対応部署の〇〇と申します。事故に遭われたとのこと、お見舞い申し上げます。事故後の適正なご対応ありがとうございました。私たちはウーバーの乗車体験がすべてのユーザーに安全で快適なものになるように望んでいます。配達パートナー様の不注意による事故の場合、配達パートナー様はウーバーシステムへのアクセスを失うことにもなりかねません。厳しい注意喚起ではございますが、今回のようなことが再度あれば、あなたのアカウントは永久停止となるかもしれませんのでご注意ください。お怪我の経過にご留意いただき、回復されましたら、配達パートナー様としてご協力いただければ幸いでございます。」(注:太字は編集部)
言い方は丁寧だが、「今度事故を起こしたらアカウントの永久停止」、つまり二度と仕事ができなくなると突き放している。
実際にアカウントが停止された人もいる。だが土屋氏はこう指摘する。
「事故でアカウントが停止され、その後、ケガが治って『回復しました』と通知したらアカウントが回復した人がいる一方、アカウントが回復せずにウーバーイーツでは仕事ができなくなった人もいる。アカウント停止・回復の基準がどうなっているのか、一切説明してくれないのが最大の問題だ」
事故を起こすと仕事を失うリスクが発生するだけではなく、その基準すら明示されなければ配達員は不安でしょうがない。
当然、自損事故が発生してもウーバーに報告しないことを選択する人も出てくるかもしれない。そうした弱い立場にある上に、今度は「危険走行」の通報が新たな失職リスクとして加わることになる。
事故につながりかねない報酬の仕組み
ウーバーの報酬制度に「危険走行」を招く原因はないだろうか。
撮影:今村拓馬
さらに重要な問題点は、事故につながりかねない「危険走行」を招く原因の一つがウーバーの報酬の仕組みそのものに内在している点だ。具体的には以下の3つだ。
- インセンティブ(ピーク時など配達回数で報酬が上乗せされる仕組み)
- 配達依頼の受付応答時間が短い
- 長時間労働による精神的・肉体的負担
ウーバーの報酬は「基本配送料+インセンティブ」で構成されるが、インセンティブの比重は大きい。
例えば昼食時、夕食時の注文需要が多いピーク時の時間帯はプラス100円、200円が上乗せされる。配達回数が多いほどインセンティブ報酬が増える。さらに雨天時も配達回数によって上乗せされる。
つまり配達回数を増やすために雨天時や夜間も自ずとスピードを上げざるを得ないという危険性が常につきまとっているのだ。
生活の糧となる「日またぎインセ」の危険性
極めつけは指定された期間内に一定の回数を超えると支払われる、「クエスト」と呼ばれるインセンティブボーナスだ。
月・火・水・木の4日間もしくは金・土・日の3日間の配達回数によってボーナスがもらえる仕組み。配達員は「日またぎインセ」と呼んでいるが、この期間に配達する回数プランを選択する。
「25回、35回、45回といった回数プランがあるが、100回だと2万円程度の報酬が上乗せされる。専業でやっている人にとってはこの報酬が得られなければ生活も厳しいだろう。ただし、75回プランを選び、74回しか配達できなければインセンティブは出ない」(土屋委員長)
規定の回数に達しなければ報酬が出ないので配達員は必死になるが、そのぶん、事故を誘発しやすい。
「事故を起こす可能性があることを配達員は誰もが自覚している。距離料金を増やしてほしい、できれば日またぎインセをなくしてくれと言う人も多い。二輪車なので転倒の可能性が常にあるし、加えてアカウント停止のリスクもある中で皆走っている」(土屋委員長)
表示タイム、30秒に縮まっているとの報告も
配達員を追い詰める仕組みはこれにとどまらない。
ウーバー配達員は、スマホに配達依頼が届くと1分間の制限時間内に応答する必要がある。具体的には、配達アプリの通知音が鳴ると同時に「バッグ」のアイコンが表示され、点滅しながら1回転する間に「引き受けるかどうか」の意思表示をするボタンを押す。
2021年3月からスタートした京都と福岡の新料金体系の実験では、この「表示されたアイコンの1回転」タイムが30秒に縮まったという京都の配達員のメールが、ウーバーイーツユニオンに届いている。
「バイクで走行中にリクエストが入ってそれを見るために徐々に減速して停車する位置を探し、画面を見て確認するのに30秒は短いです。特に昼間の太陽が当たっている間は画面はかなり見えづらいですし、今回の仕様で距離や金額、住所など確認する情報が増えました。事故や一般車両に迷惑をかけるケースが増えると思います」(土屋委員長)
バイクの走行中に30秒以内に応答するのは確かに危険だ。
「例えば前方を走っているタクシーが急停車してお客さんが降りることがよくある。配達依頼を受けてどうしようかと一瞬、考えているときにタクシーが止まると間違いなく追突事故を起こしてしまう。先ほど言った回数プランの達成も含めて事故にあう危険性は大幅に高まる」(土屋委員長)
朝9時から夜10時まで働く男性、事故連発
長時間労働をせざるを得ない報酬システム。事故の遠因になっていないだろうか。
GettyImages/ Tomohiro Ohsumi
実際に事故も発生している。ウーバーイーツユニオンの『事故調査プロジェクト報告書』(2020年7月21日)によると、クエスト中の事故は約7割(73%)を占めている。
家族を支えている40代の専業の男性配達員は毎年事故を起こしている。月収は約40万円だが、短期間に回数をこなす「クエスト」などのインセンティブが大きな比重を占めている。
午前9時から午後10時まで1日13時間働いているが、月・火・水・木と金・土・日の両方の”日またぎインセ”をこなすために1週間フル稼働だ。
最初の事故は2018年、バイクで走行中にタクシーに追突され、頸椎捻挫で全治1カ月。2019年はひき逃げ事故で転倒し、腰の骨折と打撲で全治2カ月。
これを機にバイクは危ないということで自転車に変えたが、2020年に雨天時に転んで左腕を骨折し、前歯を折る事故を起こしている。
どんなに注意していても事故は起こる。
しかも男性は雇用労働者であれば月間100時間を超える残業をしていることになる(法定労働時間は1日8時間、週40時間)。長時間の勤務で心身の疲労が蓄積し、事故を誘発してしまうことは想像に難くない。男性も決して長時間労働を望んでいるわけではない。
ウーバーイーツの事業開始当初は基本配送料の距離料金が高く、休日を確保できた。しかしその後、インセンティブ重視に変わり、収入を維持するために1週間フル稼働することを余儀なくされたという。
つまりウーバーイーツの報酬システム自体が事故の遠因になっているともいえる。冒頭に述べた東京都の配達員の背番号制導入によって「危険走行」がなくなることはない。配達システムという構造上の問題を見直さない限り、根本的に解決することは難しいだろう。
(文・溝上憲文)
溝上憲文:1958年鹿児島県生ま1958年鹿児島県生まれ。人事ジャーナリスト。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。新聞、雑誌などで経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマに執筆。『非情の常時リストラ』(文春新書)で2013年度日本労働ペンクラブ賞受賞。主な著書に『隣りの成果主義』『超・学歴社会』『「いらない社員」はこう決まる』『マタニティハラスメント』『辞めたくても、辞められない!』『2016年残業代がゼロになる』『人事部はここを見ている!』『人事評価の裏ルール』など。
からの記事と詳細 ( 【実録】追い詰められるウーバー配達員、相次ぐ事故の背景に何が? - Business Insider Japan )
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確かに
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