平安の都で書かれた、文学史上の傑作と称される『源氏物語』(紫式部)。多くの現代語訳が標準語で著されてきた中で、今の京都に生きる人々のことばでの現代語訳に挑戦したのが、作家・いしいしんじ氏だ。京都新聞に連載された当初から、京都っ子たちの話題を呼んだ本作『げんじものがたり』は、主人公・光源氏が誕生する「きりつぼ」帖から、正妻・葵の上のもののけによる死が描かれる「あふひ」帖までの9帖を抄訳している。
どちらの帝さまの、頃やったやろなあ。
女御やら、更衣やら……ぎょうさんいたはるお妃はんのなかでも、そんな、とりた ててたいしたご身分でもあらへんのに、えらい、とくべつなご寵愛をうけはった、 更衣はんがいたはってねえ。
紫式部の声が聞こえてくるような、今の時代の豊かな表現で綴られるいしい版・『げんじものがたり』の魅力とは?
いまだかつてない『源氏物語』
とにかく、かつてない『源氏物語』なのである。
私は恐らく、世間の平均よりは「古典好き」な部類の人間だろう。小学3年生で祖父母に児童向けの古典文学全集『源氏物語』をねだり、夢中になって読んだ。高校時代は受験対策を兼ねて、友人らと少女マンガ『あさきゆめみし』(大和和紀、講談社)を回し読みし、美しい絵とストーリーに浸った。大学では国文学科こそ選ばなかったものの、日本史学科で奈良・平安時代を学び、古文の家庭教師のアルバイトをしたこともある。『源氏物語』は、瀬戸内寂聴、林望、荻原規子、角田光代などが手掛けた現代語訳を、それなりに読んできた方だ。
そんな私が、いしいしんじ氏『げんじものがたり』の担当編集を前任者から引き継いだのは、初稿がまもなく完成するという頃だった。
“いしい版”を初めて読んだときの感想を正直に書くと、「えっ、『源氏物語』って、こんな話だった…?」である。
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