RIRIKO AMAKASU
少し前のことだけれど、契約している衛星放送で『青い春』が放送されていた。松本大洋の短編漫画『しあわせなら手をたたこう』をベースに、豊田利晃監督が手がけた2002年の作品だ。公開当時、心を揺さぶられ、僭越ながらこの作品についてのエッセイを書き、ある雑誌で豊田監督にインタビューをするに至った。
男子校の不良高校生の物語である。それもかなりの不良たち。彼らは校舎の屋上で、柵の外に出て柵から手を離して何回手を叩けるかを競っている。回数を誤ったら校庭に落下するわけで、命がけのゲームなのだ。桜吹雪がどうたらこうたらみたいな文言の刺繍がしてある長い学ランを先輩から譲り受けたりする世界。長ランをかっこいいとは思えないし、男子ばかりのマッチョな空気感は苦手だし、グロい場面も多々あって、本来なら私にとってはまったく共感のしようもない映画だった。
先日の放送でも、私はなんであんなに心を動かされたんだろうと不思議に思いながら、観つづけた。まあ不良って何事にも極端だからキャラクター的におもしろいことはおもしろい。主演は松田龍平と新井浩文。他、瑛太(当時はEITAと表記)や高岡蒼佑、大柴裕介に忍成修吾など、後に人気者となる俳優が目白押しだった。ほんの一瞬又吉直樹も出演している。彼らの出世前の姿を目で追うのは確かに楽しいけれど、それでもこの映画にひかれた理由がわからなかった。昔の自分の青臭さを差し出されているようで、自宅の居間で観ていたというのに居心地もあまりよくなかった。
そんなふうなのに、最後にミッシェル・ガン・エレファントの「ドロップ」が流れる頃、私は初めて観た時と同じように心を震わせ、ほおには涙が流れていた。断っておきたいのは、泣いてしまうのがいい映画の証だとはまったく思っていないということ。
あの作品には私が失ったなにかがあったのか、経験し得ないなにかがあったのか、いまだによくわからない。思春期特有の投げやりさはやっぱり青くて、あの物語はまさに青い春だなあ、なんてあいまいなことを思った。松田龍平の冷めきった視線と新井浩文の世の中を裏返したような視線が印象的で、それが絡み合うと奇妙な緊張感があった。事件を起こした俳優が再びスクリーンに戻ってくるのかどうかはわからないけれど、『青い春』という作品は観つづけられていくべきだと思う。
なににひかれたのかわからない『青い春』とは真逆に、かつて私がいた場所と時代があざやかに描かれていて心に刻まれたのが、馬場康夫監督の『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』だ。こちらは2007年作品。タイトルからもわかるように、タイムマシンで2007年からバブル真っ只中の1990年にタイムスリップするというもの。目的はバブル崩壊を食い止めるため、1990年3月に大蔵省が通達した総量規制を阻止することなのだ。
カトリーヌ・ドヌーヴ演じる国民的大女優ファビエンヌは自伝本『真実』を出版。自伝に綴られた嘘と綴られなかった真実が、母と娘の間に隠された愛憎うず巻く心の影を露わにしていく。
タイムスリップした先には、ほとんどのフロアがディスコだった六本木のスクエアビルがあって、そのディスコではボディコンを身にまとった女の子たちが踊りまくっている。ばら撒かれるタクシー券、誠実より軽薄が良しとされるファッショナブルな恋愛の駆け引き、いとも気軽に扱われる高級ワインに高級ブランドのアクセサリー。これでもかというぐらい街が浮かれまくっている様子が描かれている。当時、軽薄な若者だった私には痛いほどなつかしい。映像の中に自分がいるんじゃないかと思うほどだ。
しかし、この映画が描いているのは派手派手しかった風俗だけではない。近代日本の間違いが物語の軸だ。
総量規制の通達によって土地の転売ができなくなり、大量の不良債権が生まれる。結果、銀行が立ち行かなくなり、企業が連鎖的に潰れていく。すると日本はどうなるのか。一つ、大蔵省の官僚役のセリフを引用したい。
「貧富の差はますます広がり、失業者は2000万人、街は犯罪者であふれ、政府は機能を失うだろう」
先ほども書いたけれど、この作品が発表されたのは2007年。それから13年後の2020年、このセリフがますます身に沁みる。映画の中の日本が単純にうらやましい。『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』には、私が失ったものと経験し得なかったものが両方詰まっている。
私がこれから得て、失うであろうものが描かれているのが是枝裕和監督の『真実』。主演はカトリーヌ・ドヌーヴ。自伝を発表したばかりの大女優という設定だ。公開当時は75歳だが、見事なまでに「女の人」。年齢や性別はさておき、自由は時としてわがままに写ってしまうこともあるかもしれないが、それは貫くべきものだとこの物語が教えてくれた。日仏の合同制作で全編仏語と英語、日本人は誰一人として出てこないけれど、これを日本映画といってしまっていいと思う。もう言語や出演者の母国で区切る時代ではないのだから。
オススメの3本
『真実』
2019年公開、監督:是枝裕和。母と娘の間に隠された真実をめぐる物語を、カトリーヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュの共演で描く。¥3,800(DVD)/発売・販売元:ギャガ ©2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA
photo L. Champoussin ©3B-Bunbuku-Mi Movies-FR3
『青い春』
2002年公開、監督:豊田利晃。漫画家・松本大洋の同名短編集を、『御法度』の松田龍平主演で映画化。不良グループの面々がドロップアウトするまでを鮮烈な映像で切り取る。配給:ゼアリズエンタープライズ
『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』
2007年公開、監督:馬場康夫。1987年公開のヒット映画『私をスキーに連れてって』などで知られるホイチョイ・プロダクションズが、阿部寛×広末涼子主演で描くタイムスリップ・ラブコメディ。配給:東宝
PROFILE:
甘糟りり子 作家
1964年、神奈川県生まれ。作家。大学卒業後、アパレルメーカー勤務を経て執筆活動を開始。ファッション、映画などのエッセイを綴る。時代の空気を切り取るリアルなタッチが特徴で、ファッションや食、クルマ、スポーツなど多ジャンルに精通する。2020年春に『鎌倉だから、おいしい。』(集英社)を刊行した。
文:甘糟りり子 作家
からの記事と詳細 ( 「失われた私」を求めて ── 『青い春』『バブルへGO!!』、そして『真実』が、突き刺さる──みんなで語ろう!「わが日本映画」【RIRIKO AMAKASU】 - GQ JAPAN )
https://ift.tt/30kmhyd
確かに
No comments:
Post a Comment