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Sunday, February 7, 2021

神戸にもあったビリケンさん…米国由来の「福の神」 - 読売新聞

 「ビリケンさん」と聞けば、大阪・新世界の通天閣にまします福の神を、関西人の多くは思うだろう。実は神戸市内の神社にも鎮座しているらしい。調べてみると、名称の由来は、米大統領がかかわっているとの説もあるのだとか。福の神になった大統領? 確かに日本には八百万やおよろずの神々がいるとは言うが……。ルーツを探った。(伊藤孝則)

 早速、ビリケン像があるという神戸市兵庫区の松尾稲荷神社を訪れた。

 宮司の長山竹之さん(63)に案内され、本殿の奥に進む。道すがら、氏子らから奉納されたお稲荷さんがずらり。その一角を見やり、思わずにやりとしてしまった。

 横に大きく広がった特徴的な口に、上向き加減の鼻の穴、大きく前につきだした両足。通天閣のそれとは少し違うが、まさしくビリケン像だった。

 木製で高さは約60センチ。神社では「松福まつふく様」と呼ばれているという。

 気になるのは、祭神の稲荷大明神とどんな関係があるのか、ということだ。長山さんによると、こういういきさつがあったらしい。

 大正初期、神戸・元町にあった洋食店の主人が、異国の水兵が持っていたビリケン人形をまねて作らせた。それを店頭に置いたところ、商売にならないほど見物人が殺到し、商売繁盛の御利益がある同神社が譲り受けることになった。

 よく見ると、打ち出の小づちを手に、米俵の上に座っている。それが水兵の人形に由来するのか、作者のイメージかは分からない。確かなのは、七福神の大黒天を想起させるということだ。

 松福様には、病気平癒、学業向上の御利益があるらしい。

 長山さんに「よく見てみてください」と促されるまま、像に顔を近づけると、額あたりの漆が少しはげていた。あまたの参拝者が「我が子の頭が良くなるように」と頭をなでた跡だという。

 病人が患部と同じ部分をさすると、癒えるとされる「で仏」のような、民間信仰の対象だったのだろう。

 「霊験あらたかな福の神がお見えになったらしい」とのうわさがあったのかは定かではない。ただ当時、ビリケンさんは、海の向こうからやって来た福の神として、国内で大ブームだったようだ。

 「ビリケン! かう言つただけで人はもう笑ひ顔をする、ビリケンはそれ程までにひろまりそれ程までにオカシがられる」

 1912年(明治45年)2月8日付の読売新聞はこう書き出し、ブームの様子を伝えている。

 記事によると、ビリケンは1908年、米国の女性美術家の夢に現れ、「俺様の像を作ればお前の名声は世界にとどろく」と告げた神様という。女性は像を作り、シカゴの展覧会に出品したところ、幸運のマスコットとして大評判になり、海を越えて日本にも伝わった、と。

 ちなみに当時、足指をくすぐるとビリケンが笑うとの説明書があり、客を求める芸者らがビリケンの「頬の落ちるまで」くすぐったらしい。

 「ビリケンさんの手は短く、足に届かないでしょう? だから代わりにくすぐってあげ、笑ってもらうことで福を授かるんです」

 そう教えてくれたのは、通天閣観光の西上雅章会長(70)だ。

 通天閣にビリケン像が初めてお目見えしたのも、先に紹介したブームまっただ中の1912年のこと。新世界にオープンした遊園地に、異国の神様としてまつられたのが始まりらしい。

 最後までひっかかった名称の由来について、西上会長に聞いた。

 結論は「諸説ある」とのこと。1908年の選挙で圧勝したウィリアム・タフト第27代米大統領の愛称「ビリー」にちなんだとも、カナダ北部の先住民族に伝わる「ベリケン」と呼ばれる人形だとも言われているそうだ。

 100年以上も前に米国人の夢枕に立ち、今も神戸の人々に親しまれているビリケンさん。コロナ禍の今はなかなか触ることもできないが、「タッチできる日が来るまで、変わらずに見守ってくれるはずです」と西上会長は話す。

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確かに

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