
『スウィート・ノベンバー』において、キアヌ・リーブスは自由奔放な女性と期間限定の恋人生活をすることになる男を演じている。恋愛映画というジャンルや、仕事第一主義のキャラクターを演じること、シャーリーズ・セロンとの再共演などの要素に加えて、プライベートでの経験が彼を出演に駆り立てたという。2001年2月4日の記者会見をお届けする。
ラブソングを歌うのは本当にいい気分だった
──主人公ネルソンは完全な仕事人間ですが、誰かモデルがいるのでしょうか? 特定の個人じゃないんだけど、広告業界の人に会ったり、代理店に行く機会があったんだ。サンフランシスコのFCB(アメリカの広告代理店)で、いろんな広告の資料を見せてもらったことがある。顧客獲得のために使っていた古いプレゼンの資材だ。そのときに広告業界で働く人たちがなにを考え、どういう仕事をしているのかを教えてもらった。 何人かからは、仕事のプレッシャーとかスリルとか、普段は何を考えているのか、強迫観念とか衝動とかパーソナルなことまで教えてもらって、それが役作りに生かされている。ネルソンが仕事でプレゼンをするときに、本人も知らないうちに神経をすり減らしているってことが理解できたから。 ──主人公は自分をより大きく見せようとしているように思えますが、広告業界の人たちに共通することでしょうか? そういうところもある。サンフランシスコでロックスターのような広告マンに会った。なんでも売りつけることができる、最先端の人間だと自分で信じていた。広告への情熱と、仕事に取り憑かれていた。彼に関していえば、確かに自分を大きくみせようとしていたね。 ──駆け出しのころ、あなたも同じように仕事に駆り立てられていましたか? 実際のところ、ぼくはまだその時期にいるんだ。この仕事を心から愛している。演技をするということをね。でも、過去1年半、18ヵ月のうち14ヵ月は仕事で埋めてしまっていた。そのせいで、友達や友達の子供たちの誕生日に参加できなかった。 ──シャーリーズ・セロンとは『ディアボロス/悪魔の扉』で共演済みですが、気心知れた相手が共演者だとやりやすいものですか? もちろん。 ──1度共演したおかげであなたの感情が手に取るようにわかるから、鬱ぎ込んでいるときはどう対応すればいいのか心得ていると、シャーリーズは言っていました。 それについては、諺があるよね。「なんとかがやかんを黒いと言う」っていう。なんだったっけ? ──「鍋がやかんを黒いと言う」(The pot calling the kettle black. 自分のことを棚にあげて、他者を批判すること)ですね。 そうそう、鍋だ。 ──お互い様だったと。 誰でも感情の起伏はあるものだよ。でも、ぼくらはお互いのことを分かりあっている。役者としてお互いのことを理解し合っている。だから、彼女の言う通りだ。彼女とは本当に相性がいい。現場にやってきて、一緒にシーンを作り上げていくのは最高の経験だった。 ──白いタキシードを着るシーンでは、あなた自身も心を揺さぶられましたか? あれはファンタスティックだった。シャーリーズ(・セロン)に事前に訊かれたんだ。「それで、何を歌うつもり?」って。で、ぼくは「教えない」と言って。当日も「歌ってみて」って言われたけれど、「教えない」と答えた。だから、ぼくがシーンで歌う瞬間まで、彼女は何を歌うのか知らなかったんだ。だから驚いていた(笑)。 ──(笑) シャーリーズを見つめながらラブソングを歌うのは本当にいい気分だったね。 ──実生活でロマンティックなことをしたことはありますか? 何かあったかな? 恋人のために歌ったことはない。「駆け落ちしよう!」なんて言った経験もない。花束を贈ったり、デートをしたり、旅行したりはした。でも、愛情表現として、たとえば片膝をついたことはない。その意味において、ネルソンにはたくさんのことを教えてもらった(笑)。 ──具体的にどんなことを? オーケー、では、ネルソン・モスによる恋愛術を披露するとしよう(笑)。 ──(笑)。 まず、生歌をプレゼントする。それから、チョコレートを贈るときは1箱ではなく、15箱くらい。正確な数は分からない(笑)。 歌をプレゼンとすること。ダンスをすること。デートに連れ出すこと。そういうようなことだ。クリスマスの12個のプレゼントもそうだけど、彼女への思いを形にするのが大事なんだ。彼女が気に入ってくれたり、笑ってくれたりすると思うことを考える。彼女を笑顔にできるもの、すこしばかり心をこめたものを。その心を受け取ってもらえたら、成功だよね。 ──もし役が入れ替わって、ネルソンがサラの立場になったら同じことをするのでしょうか? わからない。ネルソンが彼女の立場になったらどう感じるのかわからないから、その質問は答えるのは難しい。 ──あなたは1ヵ月ごとに違う女性のもとに行くことになります。 なるほど。昔はそんなこともあったな(笑)。たいていは長く続かなかったけど(笑)。 ──小さな男の子との交流が感動的に描かれていましたが、私生活でも人生の先輩として子供になにかを教えることはありますか? そういう機会はどんどん増えている。でも、ぼくが友達の子供と接するときは、サポート役に徹するように務めている。話を聞いて、そして彼らの気持ちを理解しようとして。 ──映画のなかで、ネルソンは最後まで涙を流しませんが、これはあなた自身のアイデアですか? あの瞬間、ネルソン・モスは理性的な選択をしたんだと思う。心から彼女のためを思ってね。涙ながらに「いいよ、いいよ、行けよ」とか言うのではなくて。心の底から彼女のことを理解したからであって、涙はあとになって流れるんだと思う。 ──過去に身近な人が病気になった経験はありますか? そういう経験が、映画に参加した理由のひとつになっていると思う。病気の要素に関しては、この映画とほとんど同じ状況を経験しているから。この映画を通じて、愛する人が病気になってしまった経験を共有をしたかった。 好きな人が病気になったら、その人が下す選択が受け入れがたいものであっても、好きにさせてあげなければいけないことがある。こうした局面をこれまでの人生で経験してきたから、映画でぜひとも描きたいと思ったんだ。 ──今までで一番泣いた映画は? 映画で泣いたのは『野生のエルザ』が最初だった。他に涙ぐんだ映画はあったかな? (ヴィム・)ヴェンダース監督の映画のどれかを見たときに感動して泣いたと思う。『ベルリン・天使の詩』だ。ほかにもたくさんある。 ──最近では? 『ダンサー・イン・ザ・ダーク』ではボロボロになった。あれはすごかった。
からの記事と詳細 ( 「愛する人が病気になった時、好きにさせてあげなければいけない」(2001年)(クーリエ・ジャポン) - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース )
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確かに
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