夜のこと
- 著:
- pha
- 出版社:
- 扶桑社
- 発売日:
- 2020/11/14
京大卒の“元・日本一有名なニート”として知られる作家・ブロガーのpha(ファ)さん。彼にとって初めての小説作品となる『夜のこと』(扶桑社)が、2020年11月15日(日)に発売される。
phaさんみずからの恋愛遍歴をベースにした短編小説集である本書は、同人誌即売会「文学フリマ」で発表され、話題を呼んだ『夜のこと』(全2巻)を、大幅に加筆修正して1冊にまとめたものだ。恋愛小説の執筆を通してphaさんが見出した、人生における恋愛の意義とは? 「小説を書くこと」の本質は? お話をうかがった。
恋愛小説を書いたのは、恋愛に振り回される人生にカタをつけたかったから
──恋愛小説短編集『夜のこと』は、phaさんの体験をベースに書かれたそうですね。
phaさん(以下pha) 基本的には実体験をもとに書きました。若いころは恋愛感情や性欲に振り回されすぎていて、今思うと、愚かなことばかりしていましたね。40代になって、ようやく少しまともにものを考えられるようになってきたので、30代までのことを書き残しておきたいと思いました。
もう恋愛とか性欲とかに振り回されるのは疲れた、一段落つけたい、という気持ちで、この小説を書き始めたんですが、書き終えた今は、恋愛なんてもううんざりだ、という気持ちです……。
でも、そうなると、気分は落ち着くんですが、「やることがないな」という感じでもありますね。時間やエネルギーが余って、「何をしたらいいんだろう」と戸惑うところがあります。
──ひとりでいると寂しいけれど、誰かと一緒にいると息苦しいという気持ちも、とても共感しました。最近は、そういう人も多いように思います。
pha 疲れますよね。昔は「恋愛するのがふつう」でしたが、だんだんそういう時代ではなくなってきていて、「それなら自分はいいや」と思う人が増えてくるのは、自然なことだと思います。今思うとみんなが恋愛にかまけていた昔のほうがおかしかった。
恋愛をする人は減っていくと思うけれど、完全に無縁でいられる人も少ないと思うんですよ。それくらいでちょうどいい気がします。無理にしないで、しないときは「しない」でいい。恋愛とは関係なく誰かと結婚したり、生活をともにしたりというのもありだし、いろいろ自由な方向に進んでいるのは、いいことだと思います。
寂しいときは「猫をかわいがってます」
──本書には、さまざまな女性との恋愛が描かれています。なかでも印象深かった人は?
pha どうだろう…つき合っていた人の話を何度か書いていますが、それが一番印象には残っているかもしれませんね。つき合っていたけれど、けっきょく大事にできなかったということが多くて、「どうしてだろう」「なにをやってるんだろう」という反省の気持ちがあるので、そういう心情を書いています。
もしまた誰かを好きになったとしても、相手を大切にできる気がしないですね。いちゃいちゃする楽しさはあるけど、もういい歳だし、刹那的な快楽を追求するのも、ちょっと疲れましたね。
──反対に、「長くつき合えるパートナーが欲しい」ということにはならないんですね。
pha それが、ないんですよね。そういう気持ちがぜんぜんないんだっていうことに、書いていて気がつきました。パートナーがそんなに欲しくないのに、恋への憧れだけで恋をすると、人を全然大事にできないんですよね。また誰かを好きになることがあるんだろうか……。
──寂しいときはどうするんですか?
pha 今は猫をかわいがってますね。あったかいものに触れたいとか、抱きしめたいとかいう欲求は、猫で満たされています。
猫はしゃべらないのがいいですね。僕は読んだり書いたりするのは好きだけど、話したり聞いたりするのは疲れやすいので。”触る”のは好きです。触れたり触れられたりという非言語的なコミュニケーションは得意で、それをこの本の中では「夜の世界のこと」と呼んでいます。昼のことはうまくできないけど夜のことはできる。自分のことながらバランスが悪いなとは思いますが。
今心配なのは、猫が死んじゃったらどうしよう、ということですね……。
──ぬくもりがないと寂しいけれど、一緒にいるのはめんどうくさい。共感しかありませんが、うまくいかないものですね。
pha 恋愛というのは、自分の奥のほうの本質が出てくるものだと思いますが、そういう自分のコアって、歳をとってもあまり変わらない気がします。僕の場合は、一人でいたいというのが本質なんだと思います。
ただ、本質は変わらなくても、恋愛のおかげで世界が広がるというのはあります。恋をしていなければ行かなかったところに行ったり、やらないことをやったり。ひとりだけで生きていると自分の知っている世界の中だけで閉じちゃうけど、恋愛が強制的に自分を開いてくれるし、世界をかき回してくれる。そういうところは面白いと思います。
もし恋愛がなければもっと孤独で内向的な人生だったし、恋愛のおかげで成長してきました。まだまだだめなところはたくさんありますが。
恋愛は、惰性を打ち破るエネルギーになる
──本文中の、恋愛は「誰でもアクセスしやすい」という言葉が印象的でした。考えてみれば、恋愛もセックスも無料のコンテンツなんですよね…。
pha 人間にとっては最強の暇つぶしですよね(笑)。楽しいし、ジェットコースターみたいに感情を動かしてくれる。冷静に見ると「なにやってんだろう」と思ったりもしますが。
今は「もう恋愛はいいや」という気持ちですが、なくなってしまうと人生が平坦すぎる気もします。そのうち、また恋愛を求めてしまうのだろうか……。
──「セックスもいろんなものの受け皿になるし、恋愛もそうですよね」「なんでも放りこめるよね。感情のゴミ箱みたいに」というセリフも強烈です。これは、ふだんから感じていらっしゃることですか?
pha そうですね。恋愛やセックスは、うまく整理できない感情の受け皿になるものだと思います。
これは橋本治が『失楽園の向こう側』という本で言っていたことですが、自分の現状がすごく閉じていて、平凡な毎日が続いて、なにもおもしろくないっていう状態にあるとき、そこから連れ出してくれそうな人を好きになってしまうということがあったりする。自分の期待を他人に託してしまう装置として、恋愛が機能している。
本当なら、自分の現状を変えたければ、誰かに憧れるのではなく、自分で地道に変えていくべきだ。でも人間、自分の力だけで変わるのは面倒臭い。そこで恋愛という飛び道具が登場する。恋愛には、惰性を打ち破ってくれる力があると思います。無理しておしゃれしてみるとか、いい店に行ってみるとか、なにかできないことに挑戦するエネルギーになりますよね。
僕も、恋愛がなかったら、小説は書いてなかったでしょうね。昔からなんとなく書いてみたいなという気持ちはあったけれど、面倒臭いしよくわからない、と思って、書いたことはなかった。いろいろ恋愛で大変な思いはしましたが、恋愛のおかげでこういう1冊にまとまって、よかったです。
恋とは「遠くに見える手に入らないものに憧れること」
──本書中にもありますが、小説には、昔から憧れがあったそうですね。
pha 文章を書くのは好きで、エッセイみたいな文章はずっと書いてたんですが、小説はよくわからなかったんですよね。昔から憧れるのもエッセイストでした。若い頃は中島らもさんのエッセイとかが好きで、ああいう世の中の真っ当さから外れた変な道を行きたいという気持ちがあって、その結果としてよくわからない人生になってしまいました……。
──ブログなどの文章を書くことと、小説を書くことは、違うものですか?
pha 技術的には違うけど、本質的にはあまり変わらないんじゃないでしょうか。その本質とは、自分の中でもやもやと考えていることを、言葉にして、成仏させることだと思います。自分がよくわからないけどとらわれているものを文章にすると、「あ、こういうことだったのか」と形になる瞬間があって、自分の人生が前に進む感覚があります。
──今回も、「恋とはこういうものだ」というなにかを見出されたのでしょうか。
pha そうですね。結局、恋というのはひとことで言うと「遠くに見える手に入らないものに憧れること」だな、と思います。
人間というのはどんなに満足する環境にいても、現状に飽きて変化を求める生き物なんですよね。ここにないもの、遠くのものに向かって手をのばすということが、生きるということで、それがなくなったときは死なんじゃないかと思います。そしてその、遠くのものを追いかけるという気持ちのもっとも純粋なものが、恋なんじゃないでしょうか。
僕は今、恋愛に対して「疲れた」という気持ちになってしまっているけど、今あるものだけに満足して、同じ生活を続けていくだけなら、死んでいるのと同じかもしれない。今ないものに興味を持って進むということが、人間には必要なのかもしれません。
──phaさんと同じように「恋愛が長続きしない」と悩んでいる人や、恋愛を含む人間関係に悩みを抱えている人への、アドバイスやエールをお願いします。
pha 僕はすぐに「悩んでるならぜんぶやめたらいい」って思っちゃうんですけど、そういうものでもありませんよね。悩みといってもいろいろありますから、なんと言えばいいんだろう……。自分の悩みを文章にして、文学フリマに出してみるといいんじゃないでしょうか(笑)。
僕は何でも書くことで解決しようと思っちゃうんですよね。ブログやツイッターや本を書くのも、自分の人生を前に進めるためです。書くと頭の中が整理されて、次に進むべき道が見える。自分の悩みを書くと誰かが面白がって読んでくれたりするので、みんなもっと文章を書くといいと思います。ネットでも同人誌でもなんでもいいので。
──次回作の構想はありますか?
pha どうですかね。ひたすらシェアハウスでダラダラしている話とか書いてみたい気もしますね。恋愛はもう書き切ったので、いいや。考えたくない。
今回の本では、短編をひとつと、全体をまとめるメインストーリーの部分を書き下ろしています。各短編もけっこう書き足しているので、文学フリマですでに読んでくださった方も楽しめると思います。
書籍に使われている本文用紙の地の色が夜っぽい色で、その色がグラデーションしていくのがすごく綺麗だし、カバーの紙の手触りもすごくいいんですよね。ちょっと人肌感がある、夜っぽい雰囲気です。ぜひ、実際の本を手に取ってみてほしいです。
取材・文=三田ゆき
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November 14, 2020 at 10:00AM
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