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Tuesday, September 1, 2020

和歌に息づく文学の神髄 伊勢物語にうかぶ業平の魅力|エンタメ!|NIKKEI - 日本経済新聞

平安時代の歌物語「伊勢物語」。千百年を経ても響く普遍的な魅力はどこにあるのか。本紙夕刊で連載し、五月に刊行された小説「業平」の著者、高樹のぶ子氏が寄稿した。

「伊勢物語」の主人公と言われている、千百年昔の歌人在原業平の人生を、小説として蘇(よみがえ)らせたところ、作者の予想を超えて反響があった。コロナ禍の時代に、古(いにしえ)への旅が好まれるのだろうか。

小説で古典身近に

「伊勢物語」は平安時代の古典として中学高校でその名前が知られているけれど、読み通した人は意外と少ないようだ。業平の名前も、有名な歌も覚えているのに、完読出来ない理由は何だろう。

十三世紀に藤原定家が編纂(へんさん)し書き写したとされる百二十五章段の、現在通行している伊勢物語だが、読み通すには筋道を辿(たど)るのが煩雑で、エピソードも断片的に置かれていて、繋がりが悪いことが大きな理由だと思われる。

もともと通して読むように作られてはおらず、有名な「鬼一口」と呼ばれる芥川の章段や、東下りで詠まれた「かきつばた」の歌など、印象的な場面や歌が沢山(たくさん)あるのだが、順序立てて読むのが難しく、途中で投げ出してしまうのだ。

このたび一代記として、業平の人生を時系列で小説にしたので、ボトルネックとなっていたこの流れの悪さが、一気に解消したのは間違いない。古典の研究者から、まず小説「業平」を読んで、次に「伊勢物語」を読めば解りやすい、と言われたのは嬉(うれ)しかった。

むろん「業平」は小説であり、学者による諸々の研究に沿わない部分も当然あるけれど、可能な限り史実を尊重したので、伊勢物語の導入本として活用されれば本望である。

実際、受験校として有名な開成中学が、テキストとして使って下さった。人生初の古典が「業平」であれば、古典は楽しいものになるだろう。

現代に通じる要素

たかぎ・のぶこ 1946年生まれ。84年「光抱く友よ」で芥川賞。日本芸術院会員、文化功労者。「トモスイ」「甘苦上海」「格闘」など著書多数。

それにしても業平という男は魅力的だ。伊勢物語の人気が千百年も保たれてきたのは、ひとえに業平の魅力による。

実在の人物であり、その生身から出た歌が、それぞれの時代の心に響いたということだろうが、彼は現代においても充分に、小説の主人公たる要素を持っている。

小説の要素とは、一人の人間としての社会と自我の葛藤、男としての苦悩や、哀楽の情のことである。叶(かな)わぬことへの抵抗や身の処し方は、永遠のテーマ。

その要素はすべて歌の中に在る。詠嘆も賛美も哀切も恋情も、素直に歌に顕(あらわ)れている。

紀貫之は業平について「心余りて言葉足らず」と言ったが、それこそ業平が愛されてきた理由でもある。業平の思いは言葉の技巧を待たずに溢(あふ)れ出してしまうのだ。

万人が共感できる情や、四季の受感は、時の流れにも色褪(いろあ)せない。歌と歌が詠まれた状況を説明する詞書(ことばが)きによる章段、つまり場面の集合である歌物語に、小説的な想像をはたらかせながら、日本人は業平の歌を繰り返し愉(たの)しんで来た。

禁忌の恋に身を投じ、破れた果てに「身を用なき者に思いなし」東へと下る。

あの時代独特の恩寵(おんちょう)だろうが、許されて都へ戻り、その後も権力との距離を測りながら、命の最後まで生き抜いた男。

業平の存在、歌は、日本文学の底を流れる「隠遁(いんとん)者の哀(かな)しみ」「流離の気品」「武より文を尊ぶ美意識」の源流になったと言えるし、漢詩から和歌への文化の移行に、大きな役割を果たしたのも間違いない。

小説「業平」は、伊勢物語に散らばる魚の小骨を拾い集め、骨格を作り肉をつけて泳がせた、と譬(たと)えられることに、あえて付け加えるならば、現代に泳ぐ業平の小骨の一つ一つは、紛れもなく九世紀に実在した歌人のDNAを持っていることだ。作者の私はただ、業平の小骨を繋ぎ合わせ、切れ切れであった情感に流れを作ったまでのこと。

このうえは長く先の世まで、業平さま、泳ぎ続けてください。

[日本経済新聞夕刊2020年8月31日付]

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