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Saturday, July 25, 2020

社説 コロナ禍と安全保障 協調の傷口ふさいでこそ - 信濃毎日新聞

 安倍晋三政権がまた一つ、矩(のり)をこえようとしている。

 配備を断念した地上イージスに代わるミサイル防衛の議論が、政府・与党内で進む。相手国の防空能力を破壊し、先に発射拠点をたたく「敵基地攻撃能力」の保有を視野に入れている。

 ミサイルの性能を高める中国や北朝鮮、ロシアを念頭に、安倍首相は「防衛に空白が生じてはならない」と強調する。

 目には目を―の発想で、国民の安全を保てるだろうか。

   <「目には目」の下策>

 確かに、このところの中国の海洋進出は目に余る。太平洋を東西に分け、西側を支配する野心を隠そうとしない。

 沖縄県の尖閣諸島周辺に中国公船が連日現れ、日本の領海への侵入を繰り返す。政府の再三にわたる抗議にも耳を貸さず、領有権を主張してやまない。

 台湾の海峡には空母を派遣、領空のすぐ近くまで戦闘機を進入させた。香港情勢も相まって、米国との距離を縮める蔡英文政権に執拗(しつよう)に圧力をかけている。

 南シナ海では4月、中国海警局の艦船が体当たりし、ベトナム漁船が沈没した。度重なる示威行動に東南アジア諸国連合(ASEAN)も危機感を募らせる。

 中国が配備する中・短距離ミサイルは、東シナ海、南シナ海、黄海から米軍の抑止力をそぐための戦略の一環とみていい。

 欧米との対立が続くロシアは中国との連携を強め、核・ミサイル開発を再燃させている。非核化交渉が行き詰まる北朝鮮は、標的を在日米軍に据え、防衛網を破るミサイル開発を急ぐ。

 だから、従来のミサイル迎撃を上回る敵基地攻撃能力を導入するという論法なのだろう。

 安倍政権は集団的自衛権の行使を認め、安保法制で自衛隊の後方支援の範囲を拡充した。日本が軍備を増強するほど、周辺国が軍拡に動く「安全保障のジレンマ」に拍車がかかる。

   <影響は日本社会に>

 分断が深まる国際社会を新型コロナ感染症が襲った。世界的な問題群が傷口を広げている。

 貧富の格差は感染リスクにも表れた。欧米では黒人や中南米系の感染率が高い。真っ先に仕事を失うのも低所得層だ。移民労働者の宿舎が感染源になり、劣悪な環境にある難民キャンプでも感染者が増え始めている。

 人やモノの移動制限は、新興国や途上国の経済を直撃した。先進国が国内対応だけに関心を奪われる中、債務不履行に陥る国が相次げば、世界経済はさらに悪化すると指摘されている。

 多くの国が食料輸出の制限に動く「囲い込み」も起きている。今後、失業者の増加に伴い、移民排斥や保護政策を求める声がより強まるかもしれない。

 温室効果ガスの排出量は一時的に減ったものの、収束後の反動が懸念材料だ。景気後退を理由に各国の対策が後回しになれば、気候変動で年25万人の死者が出るとの予測が現実味を増す。

 日本は食料やエネルギーを輸入に依存する。開かれた貿易抜きには成長も望めない。人の移動が滞れば、外国人労働者に頼り始めた農業、介護、建設などの人手不足は深刻になるだろう。

 ドイツの環境研究所が「2018年に気象災害の被害が最もひどかったのは日本」とする報告書を公表した。豪雨や台風、熱中症の死者…。昨年も今年も、同様の被害に見舞われている。

 各国が国家主義、保護主義に走ったのでは解決できない問題ばかりだ。日本は多国間協調の意義を発信することこそ、安全保障の要としなくてはならない。

 コロナ禍にあっても、米中は対立をやめない。国際社会をけん引するどころか、競って秩序を乱しているようにさえ映る。

   <可能性を閉ざすな>

 軍事面で米国との一体化を深め、防衛白書に記したように中国敵視をあらわにすれば、新冷戦とも呼ばれる米中の対立構造に組み込まれるだけだ。

 米国との関係を断つ必要はない。グローバル化の欠陥の改善を見据えながら、ともに法の支配に基づく民主主義の価値観の再構築に努めることが、各国との信頼醸成に結び付く。

 習近平政権にとり、経済成長が求心力の鍵となる。7億の人口を抱え若年層が多いASEAN、中国への警戒感を高める欧州連合との関係修復は不可欠なはずだ。アジアとの経済協力強化を探るロシアも、中国と一体視され孤立する事態は望んでいまい。

 一昨年、ドイツが多国間主義の同盟結成を日本に打診したことがあった。この時、日本は米国に遠慮したけれど、「争いの調整役」を外交の柱に据え、大国にも秩序の順守を迫ることは、軍事的抑止力よりずっと価値がある。

 専守防衛を逸脱する装備の導入は、際限のない防衛費の増大を招く。日本の安全を守る確たる道を閉ざしてはならない。

(7月26日)

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